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功徳を語るスレッド、10本目!
148
:
沖浦克治
:2016/10/13(木) 07:58:46 ID:OfSDXap60
真面目に信心し、戦いを止めず、怨嫉謗法を慎み、同苦の唱題を普通にしていると、素晴らしい人生が開けます。
破邪顕正と言いますが、他宗や他の思想、他の主張を持つ方々を論戦で責める事ではありません。
それは修羅の業です。
あっという間に第六天の魔王に取り込まれ、怨嫉謗法の罠にはまります。
それって凄く損ですね。
怨嫉の念で他宗や他人を責めると、その時気持ちが高揚致します。
自分が大きくなった気持ちになるのです。
これが修羅の勝他の奢り。
所がこの奢りは現実生活に立ち戻ると、現実の自分の立ち位置とその奢りの高揚感とのギャップだけが残ります。
すると、驕りを感じた以前の自分より、更に惨めな実感だけが残り、その人の命の空間は物凄く縮じまります。
その苦しみから逃れんとして、一時的な高揚を求め更なる怨嫉謗法を重ねます。
現実でのギャップは益々大きくなり、落ち込みも大きくなる。
取り戻さんとして更なる怨嫉謗法、結果としての更なる落ち込み。
これを繰り返すことを、私は、
怨嫉謗法スバイラル!
と呼んでいます。
御書にございます。
『おごれる者は強敵に値ておそるる心出来するなり例せば修羅のおごり帝釈にせめられて無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し、』
(佐渡御書)
帝釈に責められるとは、現実生活を突き付けられると拝します。
これは地獄への道。
では、破邪顕正とは何なのか?
『功は幸と云う事なり又は悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、』
(御義口伝巻下)
悪を滅するのは、破邪、善を生じるは顕正。
ですので、破邪顕正とは自身の功徳を世間に示すことです。
私は功徳を書きます。
今日の功徳だ〜〜!!
https://www.facebook.com/katsuji.okiura/posts/811026822372151?notif_t=like&notif_id=1476222864600060
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