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沖浦克治と会話するスレッド

10沖浦克治:2016/06/29(水) 15:13:35 ID:SZcSAtOs0
 下種仏法の血脈についてです。

 先ず、高僧から高僧へと伝授される血脈という思想は大聖人仏法にはございません。
 御書には明確に書かれてあります。

 『夫れ生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり、』
 (生死一大事血脈抄)

 血脈とは南無妙法蓮華経そのものです。
 そして、

 『総じて日蓮が弟子檀那等自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、』
 (生死一大事血脈抄)

 私どもが南無妙法蓮華経と唱える所がそのまま生死一大事の血脈です。
 何故ならば、一切衆生の命はすべて南無妙法蓮華経だからです。

 人が思考を重ね思索をし、突き詰めて行くと、最後は南無妙法蓮華経を悟ります。
 私どもの命はそういうふうに出来ています。
 ですので、

  何方か特別な一人が常に師匠の悟りを相伝して伝え広める。

 こういう思想は大聖人仏法にはございません。
 釈迦にもありません。

 釈迦は、舎利弗も須梨槃特も平等に教えております。
 特別な英才に後世の広布を託す、という方式は仏法にはございません。

 『所謂地獄の一人餓鬼の一人乃至九界の一人を仏になせば一切衆生皆仏になるべきことはり顕る、譬えば竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し、』
 (法蓮抄)

 一切衆生を仏にするためには、あらゆる階層の一人を仏にすることが肝心だ。

 この観点は、一切衆生を平等に扱うことが基本です。

 『一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し、』
 (三世諸仏総勘文教相廃立)

 この通りです。
 ですので、興師に限らず何方か特別な人が大聖人の後をついで法を伝えるという思想は初めからありません。

 最初から下種仏法の血脈は断絶することがありません。
 衆生が一人でも生きている限り、その方の命には下種仏法の血脈である南無妙法蓮華経が息づいております。


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