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沖浦克治さんQ&A

125沖浦克治:2015/02/28(土) 19:38:38 ID:z/cYWxuo0
 ぱっとさん今晩は。

 御書を読むとわかりますが、大聖人には御本尊流布のお考えがそれほどなったと思うのです。
 先ず題目流布をなさいました。
 御本尊流布は後世に託されたと思えます。

 『経に云く「法華経を説くこと有らん処は我が此の宝塔其の前に涌現す」とはこれなり、あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ、子にあらずんばゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり。』
 (阿仏房御書)

 信心強情の者でないなら見せてはいけないし、子供でないなら譲ってはならない。

 このように仰せです。
 ですので、積極的な本尊流布はお考えにございません。
 御本尊がなくとも、唱題をすれば同じ結果が生まれると言うのが、大聖人仏法の基本であることが、この御文からわかります。
 
 『宝塔をば夫婦ひそかにをがませ給へ、委くは又又申すべく候、恐恐謹言。』

 では、何故御本尊が必要なのか?
 大聖人は広宣流布を予言され、御入滅なさいました。
 その後、題目は流布していますが、御本尊は広まりませんでした。

 本尊流布は戸田先生からです。
 その、流布すべき御本尊を、大聖人は戸田先生の御出現に託されたのです。
 これも、御書にあります。

 『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、』
 (諸法実相抄)

 この、未来も又しかるべし。を、身で読まれたお方が戸田先生です。
 大聖人は釈迦の予言通り御出現になられ、戸田先生は大聖人ご予言の通りに出現なさいました。
 そして、大聖人は末法に南無妙法蓮華経が流布する時の武器を残されました。

 『爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を末法二百余年の比はじめて法華弘通のはたじるしとして顕し奉るなり、』
 (日女御前御返事)

 御本尊は、法華弘通のはたじるし、といわれています。
 ですので、将来機根が整い時が来たとき、世界広布のはたじるしとして、図顕されたのです。
 
 私共は、日蓮正宗時代が長く、その時には戒壇本尊本懐を信じていました。
 私は昭和56年ごろからそれが嘘だと知って、それ以後御本尊について良く思索したものです。
 そして、10年ほど前、たまたま開目抄の講義に、方便の事が書かれているのが目に入った瞬間、

 御本尊は方便なんだ。

 と気づいたのです。
 御本尊はなくても唱題の功徳は全く変わらない。
 では、何故大聖人は御本尊を残し置かれたのだろう?

 その疑問が解決した瞬間だったのです。


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