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沖浦克治さんQ&A

118沖浦克治:2015/02/24(火) 17:50:37 ID:z/cYWxuo0
 グラスルーツさん、今晩は。

 2004年6月30日、私は自身の不徳故、神戸市役所を定年まで1年10ヶ月を残して退職致しました。

 辞めずに済む方法もありましたが、私はこの件が起こってから決めたのです。

 自分は25年前、祈って祈って、戦って戦って、この職場を勝ち取った。
 そして、自身の信心の無さから増上慢となり、今度は退職やむおえずと言う立場となった。
 祈って勝ち取った職場を、辞めざるを得ない。
 ならば、一切の方法論を捨てて、祈って祈って次の人生を開く。

 この件が表に出たのが、5月のはじめでした。
 そこから一日1万遍の唱題を始めたのです。
 数珠を2〜3回切りました。
 それほど祈りに念をこめたのですね。

 その後、懲戒免職免れない所を、依願退職となり、退職金もある程度出て喜びましたが、58歳の人間に簡単に就職なんかありません。
 只々御本尊の前で祈る日々。

 その日常の中で不思議な体験を致しました。

 私が入会したのが、昭和37年9月10日。
 その春ごろから高校へ不登校となって、家で悶々とする日々が続いておりました。
 母親が、職場の同僚に勧められ、家庭不和が何となるなら、と藁をもすがる思いで入会。

 当時、創価学会は300万所帯を目指し、最後の追い込みの最中で。
 男子部は部員増加の戦いがあって、毎日のように私に信心を勧めに来て下さっておりました。

 私は、信心は全くするつもりがありませんでしたが、何時も来て下さるお二人の男子部の方が来なければ、対話をする相手もいません。
 それで、嫌々を装いながら内心は嬉しく思っておりました。
 座談会へ伴われ、そこで車座になって折伏を受けました。

 ここまで来て断れないし、断ったらこのお二人はもう来ないかもしれない。
 そう思って、入会を決めました。
 
 森川さんと、村本さんと言うお二人の男子部でしたが、村本さんは同い年。
 森川さんは2歳上。
 森川さんが立ち上がって言いました。

 いま沖浦君が、第二の人生をスタートする決意を致しました!!

 会場を揺さぶるほどの拍手。
 差し出される握手の手、手、手。

 職を失い、一人唱題している時、いきなりその光景が脳裏に閃いたのでした。
 会場のざわつき、蛍光灯の光、大勢の握手の手。
 その会場に座っているように感じる瞬間でした。
 その時わかったのです。

 森川さん、村本さんと言うお二人の青年部の方は、大聖人が姿を変えて私を折伏して下さった。
 分身散体の法とは、現実にはこういうことだったのだ。

 仏とは遠い存在ではなくて、私も含めて全ての方々は仏なんだ。

 身が震えるほどの感激と喜びが押し寄せ、

 ああ創価学会で良かった。

 心の底から思いました。

 その時から人生は好転し、次の年には白馬村へ転居、現在の生活があります。

 あの祈りの瞬間、私の命の中で何かのスイッチが切り替わったような気が致します。


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