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グラスルーツの日々雑感。「ナンタルチアぁ!」NO.2
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沖浦さん、おはようございます。
人生の重みですか・・・・
昨日リンクの中の於保さんの講演を読み直して気が付きました。
一念の置き所を間違っていました。
それが心が晴れない原因だったようです。
おかげさまですっきりしました。
(以下引用)
たとえば「折伏すれば開ける」「新聞啓蒙すれば幸せになる」また「財務に何桁に挑戦すれば幸せになる」こういうのを餓鬼道と言うわけです。見返りを求めている。したがって、やっても開けなかったら恨みになってしまいます。菩薩道というのは違うんです。大聖人は「自他共に喜ぶなり」といわれています。有名な徳勝童子の譬えがありますね。みんながお釈迦様に供養している様子を見て僕も何か供養したい。でも何もさしあげるものがないから、土饅頭をこねてさしあげた。その功徳で阿育王に生まれ変わることができたという話しです。ところで、もしこのとき、徳勝童子が、土饅頭をお釈迦様にさしあげれば、後で功徳がある。それを期待して土饅頭をさしあげる、という取引のような気持ちでやっているとしたら、その心には、福運はつかないでしょう。真心から喜んでしていく。その命に福運がつくんですね。ギブアンドテイクではないんです。いわゆる自己犠牲精神じゃないんです。一生懸命、自己犠牲精神で頑張っていればいつか功徳が出てくるだろうというのは間違いですね。この不思議法則。自分を輝かせながら生きていく方と、自分が我慢していく方と、池田先生はどっちでしょう?明らかに前者なんですね。喜んでやってらっしゃるからあんな詩が書けるのでしょう。嫌々、苦しみながらではあの写真は撮れないでしょう。
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