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2012年に本当にアセンションあるわけ?
226
:
名無しさん
:2012/08/03(金) 02:20:26
今日7月21日は、弘法大師空海の祥月命日ですね。
真言宗の開祖である弘法大師空海が、言葉・マントラに絡んで来る事は当然の事で、「かごめ」の歌に込めた謎を解く
必要が在りそうです。
大同元年(八百六年)、唐より帰朝された、弘法大師 (空海) は、九州筑紫の国に、二年もの間逗留し、御請来目録
を上奏される傍ら、九州各地を訪ねて歩かれました。
今日、九州の至る所に、お大師様の足跡と、伝説が残されているのは、その証と言っても良いでしょう。
九州は弘法大師が求法入唐の拠点としたのを始め大師にまつわる多くの伝説が各地に残されています。
その遍路は、福岡の故殺、東長寺から、88ヶ寺、そして玄界灘から元寇の歴史にふれながら、宗像に入り、弘法大師が
帰国後に鎮護国家を祈念された、鎮国寺に結願の笈摺を納めるという心の旅路です。
しかし、この「鎮国寺」こそが、宗像大社の「大神」であるところの「素戔嗚尊」を封じ込めてきたのです。
九州八十八ヶ所霊場は、「龍神=国常立の神」の出現隠すために、築かれた霊場であり、「夜明けの晩」が来るまでの間
九州の地に今まで守られて来ました。
唐より帰朝された当時、今の福岡県の遠賀(大神)の郷には、百谷あるので、最初に、空海はここに霊場を造ろうとした
のですが、妖狐が一谷を隠し九十九谷にみせたのでここを諦め、高野山を開いたのです。
この大神の郷は、元々「大物主の神」を中心とした、物部一族が支配していたところであり、その「大物主の神」こそが
本来は男の神である「天照大神」であり、「ニギハヤヒの命」であったようです。
この「ニギハヤヒの命」が一族を引き連れて瀬戸内海を東進し、最後に大和の「三輪山」に移り住み、そこに「大神(おお
みわ)神社」を奉って、そこで国家を形成したようです。
この話が大国主之命の「國譲り神話」となっていったのでしょうね。
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