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【転載】投稿記事の掲載。

3有尋有伺:2020/12/06(日) 13:01:15 ID:6erUuVP60
> でも、阿羅漢果に到達しても、戻る場合もありますよね。

というエム先生のご指摘は、
成就するために修した方法の「選択(択法)の違い」によって、
そのような結果が顕れてくるのだと理解しています。

「思い込み(解脱に導く見解)」だけを使って成就してしまうと、
離解脱した後でも、その「思い込み」が残ってしまいます。

ですから釈尊は「筏の喩え」を説いて、その「思い込み」を捨てなさいと
指示をされたんです。

| 3 さてその林の荒れ地に住みついている神は、
|  その修行僧が聖典の教えをとなえるのを聞かなくなったので、
|  その修行僧のところに近づいた。
| 4 近づいてから、その修行僧に次の詩で語りかけた。───
|    「修行僧よ。そなたは、修行僧たちとともに住んでいるのに、
|    なぜ真理のことばをとなえないのか?
|    真理のことばがとなえられるのを聞いたならば、
|    心が清らかな喜びにみち、現世で人々の賞賛を博する。」

| 5 〔修行僧いわく、───〕
|    「昔は、わたしは離欲を達成するまでは
|    真理のことばを学びたいという願望がありました。
|    いまやわたしは、離欲を達成したからには、
|    見たことでも、聞いたことでも、考えたことでも、
|    すべて知った上では捨て去らねばならぬ、ということを、
|    立派な人々は説かれました。」

|( 「ブッダ 悪魔との対話」第Ⅸ篇 第10節 中村元・訳 )


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