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四句否定

3:2013/05/30(木) 16:10:33 ID:haDDP0xo
釈尊は、唯一「苦の滅尽」を目的とした実践方法である「四聖諦」を説かれました。その目的以外については「無記」とされました。このように理解しています。

>「四句否定〈無記〉」と、大乗仏教の説く「無分別〈の智〉」とは異なりますから。
>〈 … というか、無分別は、四句否定の四番目のパターンなので、×なのです 〉

はい。大乗の「無分別智」を釈尊は説かれていませんね。

四聖諦は、渇愛があれば苦があり、渇愛が無ければ苦がない。渇愛が生まれれば苦が生まれ、渇愛が滅すれば苦が滅する。つまりは縁起するのだとこのように理解しています。そしてその方法は、八正道であり、その対象は渇愛の元である「識と名色」の五取蘊・・これを滅する為に止瞑想で心に沸き起こる妄想を沈め、観瞑想によりこれを根絶やしにする。。そしてこれらの行意は、五取蘊の滅尽する流れを作り出し、同時に無明を明智に変化させる方向へと導かれると言う理解です。

四聖諦・・これの繰り返しは、法を正しく理解されている方との出会いにより、無明故の邪思推が正思推へと変化します。そしてこれを繰り返し修行する事により正見(八正道)を得られれば、同時に対立する無明が滅尽されていると言う事で、四聖諦の教えへの執着も滅するので手放される。。。渇愛が滅すれば苦が滅する。と言う理解です。

無明とは仏法を知らない事・・苦があれば四聖諦がある。苦が滅尽すれば四聖諦も滅す。と言う事でしょうか。


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