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史学・考古学・文化人類学
1270
:
研究する名無しさん
:2016/11/10(木) 16:12:16
上杉憲実は応永26年(1419年)に憲基の死去に伴い、10歳で室町幕府の出先機関の鎌倉府において鎌倉公方を補佐する関東管領に就いたといわれており、翌27年(1420年)には就任が確認できる。
若年の鎌倉公方、足利持氏(21才)を更に幼い関東管領(10才)が補佐するという事態が発生する。そのため、本来は上位者である鎌倉公方の命令を伝えるために関東管領が作成する施行状を作成することが出来ず、
持氏本人が憲実の代理で施行状を作成するという事態が応永31年(1424年)まで続いている。
萌え歴史漫画が描けそうなシチュエーションだなw
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