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ヲタ君の家庭教師「襖」⑴

1名無しさん:2016/03/07(月) 00:24:01 ID:Cj6mNBzg0
 これは、学生時代、俺がキモヲタあつかいされてた頃に出会った、家庭教師の先生との話だ。

ヲタ君っていうのは、俺が女子共から呼ばれてた当時のあだ名。

とりあえず反響があれば続き書こうと思う。
ちょっとラノベっぽくしたけど、そこはご愛嬌って事で。


ある日、俺の家に家庭教師が来る事になった。
母子家庭で、しかも息子を一人置いて遠方に単身赴任中、ろくに俺の面倒が見れていない事を危惧しての母親の行動らしい。

母方の亡き祖父が、父親に捨てられた俺と母の為に残してくれた古い日本家屋。
所々住みやすく改築はされているものの、この大きな屋敷に一人で住むのは余りにも不便だが、悠々自適な一人暮らしをおくれる事に関しては大満足だった。 しかし、そう思った矢先がこれだ。

せっかく夏休みの間はエロゲ三昧という至福の時を送る予定だったのに、と悔しさを滲ませる一方、母親から仕入れた情報に気になる点が一つあった。

家庭教師は知人に紹介してもらったらしく、かなり美人の女子大生との事。

これが悪質な釣りだとしても確認だけはしておきたいのが男というものだ。
そう思い、もとい開き直った俺は、朝から夕方までエロゲーをやりながら、二階にある部屋で一人やがて来るであろう家庭教師を待っていた


──ピンポーン、と、突如玄関の呼び鈴が鳴った。

誰だ? と思ったと同時に、母親との会話が脳裏に蘇る。

『女子大生……凄く美人らしいわよ』

記憶から都合の良い部分だけが抜粋され繰り返しリピートされた。  焦りのせいか鼓動が早まっていく。 俺はPCの電源を落としたのち、全てのエロゲーを机の下に隠す。
部屋を出ようと襖に手を掛け、立て付けの悪さに苦戦しながら戸口を引いたその時、

フッと、何かが俺の眼前を横切った。 横切った先を瞬時に目で追う。

「えっ……?」

それは、余りにも突然の事だった。
部屋の入り口、何もない空間からスーッと透き通るような白い足が、僅かに宙に浮いた格好で、くねくねと姿を現したのだ。

呆ける俺、だがすぐに我に返り

「うわっ!」

と、短く驚きの声を上げた。
足はのた打ちながらその場で身動きすると、スーッと消えてしまった。

俺は息が詰まりそうになり、飲み込んだ息を吐きだすようにしながら 、

「ふっ、ふうっ……」

小さく声を漏らす、だがすぐに苦笑いを浮かべ、

「またか……」

と力無く呟く。

そう、またなのだ。
実はこういった事が俺には昔から多々あった。
ふと振り向いた先に、一瞬だけ人の顔が見えた。 何となく見ていた風呂場の壁に、泣き叫ぶような人の顔が一瞬映った、などなど。

まあ簡単に言えば俺の思い込み、妄想の類い、もっと平たく言えば壮大な勘違い、果ては幻覚というやつだ。

小学生の頃、俺は同級生に対し、得意げに、

『俺、幽霊みたぜ』

何て言ったりしていた。
子供特有の目立ちたい、驚かせたい、などという、そういったありがちな思いだったんだろうけど、我ながら痛い子だったんだなあと、今更ながらにしみじみに思う。

見える、言わばこれは自分を特別に見せたいがための偽装に過ぎない、 と俺は思っている。

自分は特別なんだと、周りとは違うんだと言い聞かせ、周囲から切り離された自分を正当化する手段。

そう、高校に入って周りの同級生をみる度に、今までの自分が間違っていたんだと痛いほど思い知った。
だいたい、オタクで根暗なうえに電波とか、これ以上救いようがないじゃないか。
それならオタクで根暗の方がまだましだ。

俺は人生の最低ラインを保ちつつ、趣味を楽しみながら引きこもる事を選んだ人間だ。
幽霊だのなんだのとそんな非現実的な事に、一々囚われて生きていくなんてたまったもんじゃない。

そんな事を頭の中で悶々と考えていると、

──ピンポーン、と再び呼び鈴が鳴った。

⑵へ続く

2名無しさん:2016/03/07(月) 05:41:33 ID:Cj6mNBzg0
俺は振り払うように頭を二三度振り、階段を足早に掛け降りた。

忍び足で玄関の扉に近づくと 、そっとのぞき穴から外の様子を伺う。

玄関の扉の前で、呼び鈴に指を掛けたまま立ち尽くす女性の姿が見て取れる。
腰まであるきめ細やかな長い黒髪に、切れ長で物憂げな大きな瞳、真っ白な雪のような肌……と、キモさ全開な俺だが、とにかく今、家の玄関の前にスッゴい美人が呼び鈴を鳴らしているって事を伝えたい 。

俺はどぎまぎしながらも、扉の前で手もみしつつ、

「落ち着け、落ち着け……」

と、念じるように呟いた。
何せクラスの女子とさえまともに会話した事がない俺が、名実ともに美人の女子大生と話をするなんて事は、天地がひっくり返っても有り得ない事だったからだ。

すると突然、ガチャリ、と金属がゆっくりと噛み合うような音が鳴り、同時に目の前の扉が開かれた。

思わずドアから後ずさる。

するとドアの合間から、

「あ? 開いてる」

と、女性が顔を覗かせ一言呟いた。
俺は余りの突然の事に頭の中が真っ白になって、目の前の女性をガン見したまま唖然。

そんな俺を余所に女性は、

「あ、すみません勝手にドア開けちゃって、失礼しました。 私、政子おば様の紹介で来ました、○○千都(ちづる)と言います」

と、丁寧な挨拶。
女性、以後先生は自己紹介を終えると、こちらに向かって頭を下げてきた。

先生の長い黒髪が波打つようにサラサラと揺れる。

対する俺は口をポカンと開けてマヌケな顔のまま。

「あの、……どうかされましたか?」

と、先生。

俺は何とか自分を落ち着かせ、取りあえず先生に家に上がってもらうと、ろれつの上手く回らない口調でなんとか自分の部屋へと案内した 。

「凄い……家ですね……」

階段を登る途中、不意に後ろから声を掛けられた。

「じ、じいちゃんの弟さんが昔住んでたそうです。 そ、その弟さんが亡くなって僕達がここに引っ越してきたんですけど、まさかこんなに広い日本家屋に住む事になるなんて、僕自身思ってもいませんでした。所々改築はされてますけど……」

俺が何とかそう答えると、

「あ、そうではなくて……いえ、何でもありません」

と、先生は何か言うのを躊躇うような素振りを見せ、結局口を閉じ押し黙ると、それ以上は何も聞いてこなかった。

俺は先生のその反応が気になったが、次は何を話せばいい? どんな話題を振ればいい?
などというくだらない思考で頭の中がいっぱいだった為、それ以上はなにも聞き返さなかった。

3名無しさん:2016/03/07(月) 05:42:14 ID:Cj6mNBzg0
やがて階段を登りきり自分の部屋の前までやってきた。

先生は階段を登りきった所でしきりにキョロキョロと辺りを見渡している。
そんなにこの家が珍しいのだろうか ?

一部改装はされているものの、明治の頃に建てられた歴史ある家らしいのだが、俺からしてみればただの古い家、だだっ広く埃まみれの古屋敷だ。

胸のうちで悪態をつきつつ、部屋の入り口である襖に手を掛ける 。

この襖がなかなか融通のきかないやつで、普通に引いても開かないという曲者。
おそらくこの屋敷で、ダントツの立て付けの悪さ。

「こ、この襖立て付け悪くって、」

俺はヘラヘラと苦笑いを浮かべながら、軋む襖を開けた。

ガタガタと耳障りな音が鳴る。

先生は、

「そうなんですか」

と、こちらを向いて軽く笑みを浮かべポツリと返す。

俺はそんな笑顔を向ける先生に、僅かな興味を抱き始めていた。
美人だからという単純な気持ちもあるが、それだけじゃない。

どこか不思議な印象。 合ったばかりの人だというのに、訳の分からない親しみを感じてしまう。
共通点も何もないのに、一体この気持ちはどこから来るのだろう、

「あの、実はお話がありまして……」

俺が考え込んでいると 、不意に後ろから先生が声を掛けてきた。

俺はハッとしながらも急いで部屋に入ると、近くにあったしわくちゃの座布団を先生の前に差し出し、正対するようにして自分も座った。

「あ、はい、何でしょうか?」

今後の説明か何かかなと思い、目の前の先生に聞き返す。

すると先生が腰を下ろしながら徐に口を開いた。

「実は……大変申し訳ないのですが、 今回のお話なかった事にして頂きたいんです」

一瞬、えっ何で? と言いかけたが 、俺はすぐにその意味を理解し、思わず喉元まで出掛かっていた言葉を呑み込んだ。

つまり先生は今日、俺の家庭教師として来たのではなく、家庭教師を断りに来たというわけなのだ。

俺は自分でもよく分からない、消失感にも似た感情にかられた。
まあありきたりに言えば、ただ哀しかったのかもしれない。

こんな美人と二度と会えなくなるっていうのは勿論だけど、俺の人生からしてみれば、父親に見放され、クラスメートからも見放され、人に嫌われてばかりの人生だ。

今回だって、俺を見て引き受けたくないと思ったのかもしれない。

悔しさよりも、とめどなく惨めな思いが胃の辺りをギュッと締め付けてきた。
腹の内からこみ上げてくる何かが、口の中で苦々しい味へと変わっていく。

俺はうなだれるように俯き、今の心境を悟られまいと、なんとか必死に笑顔を作り再び顔を上げた。 

だが、その時だった。 俺の視界に、映りこんではいけないもの、いや、正確には映ってはいけない異質なものが飛び込んできたのだ。

4名無しさん:2016/03/07(月) 05:44:04 ID:Cj6mNBzg0
足先から手先までが一気に氷付き、胸を突き破りそうなほど心臓が、ドクンドクンと暴れだす。

焦点が合わない、いや、合わせたくない。 だが、意に反するように、俺の両目はその異質な物体に吸い寄せられていく。 そしてそれが何なのか、脳が理解するのに、そう時間はかからなかった。

先生の肩越し、正確に言うと部屋の入り口、中途半端に開いた襖と柱の間、

暗闇の中、襖の隙間からこちらを覗く、能面のような、



女の生首……。

氷塊を首筋に押し付けられたかの様に、俺はその場で身体を仰け反らせ、

「うわっ!?」

と、短い悲鳴を上げてしまった。

すると先生は

「えっ?」

と言って小首を傾げながら俺に不振そうな視線を送ってきた。

やばい、と思いとっさに、

「あ……いや、さ、寒くないですか? ふ、襖閉め忘れてたから風が入ってきてるのかな……」

などと誤魔化し、俺はその場から立ち上がって部屋の入り口へと向かった。

俺は喉をゴクリと鳴らしながら、目の前のわずかに開いた襖に視線を向けた。

今まで見てきたこの類のやつは、全て気のせいだと思ってきた。
さっきだって、先生が来る前に部屋の前で見たやつは、一瞬で視界から掻き消えた。

ずっとそうだったはずだ。
得体のしれない火の玉、水面に写る、不気味な笑みを浮かべる老婆のような顔、それらは忽然と姿を消し、俺を嘲笑ってきた。
見間違え、勘違い、自分には霊感がある、などといった電波な考え、そんな風に見えたらと思う、俺の妄想癖の名残のはず……だった。

だが、今目の前にある女の顔、生首は……消えない。 女の顔はその表情を一片たりとも崩す事なく宙に浮いていた。
まるでそこにいるのが、さも当たり前のように。

年は二十代ぐらいといったところだろうか……どこか幼さの残る女の顔にそっと近づき 、目を背ける準備をしながら、見上げるようにしてそっと覗き込む。 首の断面がえる。
グロテスクな血肉の塊かと思いきや 、黒い……どこまでも黒い。 首の断面には真っ黒な闇が広がっていた。 

心臓はバクバクと激しい音を刻んでいた。
余りの鼓動の激しさに呼吸が乱れ、ひゅうひゅう、と、口から息が漏れた。

俺は頭がおかしくなったのか……?

微かに震える手で襖の取っ手を掴む 。
そのせいでカタカタと襖が小さく鳴った。

俺は激しく鳴り続ける心臓を左手で無理やり押さえつけながら俯く。

落ち着け、いつものあれだ、悪い病気だ、

自分の今の状況に当てはまりそうな事を何でもいいから心の内で呟く。

幻だ……きっとそうだ、強く、もっと強く念じろ。

そうやって自分に言い聞かせ無理やり現実へと引き戻すと、俺は頭上を見ないようにして襖を閉めようとした。

待て……

俺はふと襖の建て付けの悪さを思いだした。

もしかして……。

今までの建て付けの悪さはこれのせいか!?

頭の中で嫌な映像が浮かぶ。

襖を閉めようとする俺、女の生首に襖が引っ掛かり閉まらない。

シュールにも見えるが、今の現状を考えると洒落にならない。

5名無しさん:2016/03/07(月) 05:45:40 ID:Cj6mNBzg0
俺はさっと反射的に身を引くと、襖から手を離し、その場で踵を返して元の場所へと戻った。

そして自分に言い聞かせる。

見るな、見なければ消える。
家庭教師なんていう妙なシチュエー ションのせいで頭がテンパってるだけだ。

俺が必死に頭の中で何かしら言い訳を考えていると、それまで黙ったままこちらを注視していた先生が、重苦しい空気を振り払うように、突然口を開いた。

「なぜ……なぜ襖を閉めないんだ?」

瞬間、俺は両肩をビクりと震わせ先生の顔を見た。

その声は、とても先程までの物静かで丁寧な口調とは違い、威圧感漂う物言いだった。

目つきも精鋭さがまし、見つめ返すと射竦(いすく)められてしまいそうだ。

というか……先生は今、俺に何て言った……?
襖をなぜ閉めない?

なぜそんな事を聴くんだ? いや、襖を閉めに行ったのに閉めなければ確かにおかしい、

そう思いながら恐る恐る襖をチラリ と見やる。

女の顔はもうそこにはなかった。

俺はホッと胸をなで下ろす。
良かった、やっぱり気のせいだったんだ。

肩の力が抜け全身の硬直が弱まっていくのを感じる。
俺は軽く息を整えると、先生に向き直って、

「あ、いえ、建て付け悪いってさっ き言いましたよね? 閉めるのけっ こう面倒だし後でいいかなって、」

と、俺がそこまで言いかけた時だ、 先生は俺の話を遮るように切り出してきた。

「女がそこにぶら下がっていたから 閉まらない、の間違いじゃないのか ?」

射すような視線、吸い込まれそうな程の先生の黒い瞳が、俺を捉えて離さない。
妖艶で綺麗なその瞳に見つめられ、 全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。

「それ借りるぞ」

先生はそう言うと急に立ち上がり、 窓辺の机にある椅子に手を掛け 、襖の方へと持っていった。

そこで俺はある妙な変化に気が付いた。 先生の雰囲気が、さっ きとはまるで別人のようだ。

おしとやかな、何て言うイメージは既に俺の頭からは掻き消えていて、 変わりに、どこか粗暴で強気な人という印象へと塗り替えられていた。

6名無しさん:2016/03/07(月) 05:46:24 ID:Cj6mNBzg0
「あの、ど、どうしたんですか急に ?」

椅子を襖に寄せ、先生は俺の問いには答えず、椅子の上に登り立ち上がろう としてこちらを向き口を開いた。

「覗くなよ? 今日穿いてないんだ 」

一瞬、俺の頭は真っ白になりかけた 。
そして瞬時に顔面を茹で蛸のように真っ赤に染め上げ、

「えっ……ええっ!?」

と一人喚き立てた。

何を言ってるんだこの人は!?

「嘘だよ、興奮するな変態」

先生は蔑むような冷たい眼差しで俺に言うと、再び襖の方に向き直り、天井の梁(はり)の部分に手を伸ばした。
先生が手を伸ばした梁の部分に俺も目をやる。

「あった……」

先生は梁の部分を弄(まさぐ)る手をピタリと止めてそう呟いた。
そして親指と人差し指で何かを摘み ながら、椅子からゆっくりと降りだす 。

「こいつが何か分かるか?」

先生はそう言うと、指で摘んでいたものを俺の前に差し出してきた。

俺は顔を近づけてそれを注視する。

それは、薄汚れ埃が混じった、細い小さな繊維のようなものだった。

細かく刻まれた小さな糸の束にも見 えるが、それよりも更に細い。

「何かの……繊維、ですか?」

俺が自信なさげにそう答えると、先生は俺に、

「そう、まあ縄だな、けっこう古い 」

と言ってから、指先で摘んだまま、 その繊維の塊をこすった。
すると繊維の塊はまるで砂のようにパラパラと分解され、先生の手の平へとこぼれ落ちていく。

確かに、かなり古いものだったらしい。

先生は黙ったままそれを部屋の隅においてあるゴミ箱に捨てた。
そして襖を見ながらこう言った。

「この縄で吊ったのか……」

吊った?

梁の柱の一部に目をやる。 繊維の塊があった部分が、何かの圧力がが掛かったかのように一部凹んでいる。

「他に何か見たりしたか?」

先生が突然聴いてきた。

何かとはつまり、さっきのようなやつの事か? それなら昼間……

俺はそこまで思い出して。

「あっ、」

と小さく声を漏らした。

思い出し掛けた俺の脳裏に、嫌な映像が浮かんだからだ。

階段を下る途中に見た、あの透き通るような細い足。

まるで何かにぶら下がったように足をぶらんとさせすぐに消えた。

あれはつまり、首を吊った時の女の足だったのか ……

7名無しさん:2016/03/07(月) 05:47:02 ID:Cj6mNBzg0
「ふふ、」

背筋が逆立ち、すっかり萎縮してしまった俺を見ながら、先生が口元に手を当て、微かに笑う。

冷笑というか、何というか乾いた笑みだった。

だが、さすがの俺も今日会ったばかりの人間に笑われ馬鹿にされるのは納得がいかない、思わず聞き返した。
その笑みの正体について。

「な、何がおかしいんですかいったい」

すると先生は一瞬間を置いてから、 耳元を覆い隠していた長い黒髪を緩やかに掻き上げた。

改めてみると、やはり凄く美人な人 だと思い知らされる。 だが今はそれすらも腹だたしく思えた。

美人だからといって何でも許されるなんて思ったら大間違いだ。

「すまん、お前の事を笑ったんじゃないんだ」

「えっ?」

思いがけない言葉に、俺は思わず小 さく驚きの声を漏らした。
というか、少しはにかむように謝る先生は何というか……マジで可愛い。

「嬉しかったんだ、こんなとこでこんな拾いものができるなんて思って もみなかったから」

「ひ、拾いもの?」

意味が分からず、俺はすぐに先生に聞き返す、だが先生はその問には答えてくれず、代わりに、

「家庭教師の件、やっぱり引き受けるよ」

と、今日会った中で一番優しい笑みで返してくれた。

思わず万歳をしたくなったが我慢する。

どういう心境の変わり方をしたのかは分からないが、俺は先生が家庭教師を引き受けてくれると言ってくれた事に、素直に感激していた。

こんな綺麗な人と一緒に居られるなんていう現金な事は置いといて 、俺はこの目の前にいる女性に妙な好奇心を覚えていたからだ。

何かこう不思議な、とても言葉に言い表せられない奇妙な感覚、この人が何者なのか、そして今まで感じてきた得体の知れない者たち、さっき見たあれが何なのか、その答えを、こ の人は知っているように思えたから ……


「ただし、条件が二つある」

「条件……ですか?」

俺は突然の先生の言葉に困惑しながらも聞き返す。

「ああ、一つはさっき起こった事を誰にも話すな」

そう言って先生は襖の方を指差した 。

さっきの事とは、先生が襖の女に気付いていたということだろうか? そしてその後にとった行動の事?

俺が考え込むと、先生はそれに構わず口を開く。

「二つめ、そこの……ええと何だ、机の下のエッチなヤツは禁止だ、そんなの買う金があったら参考書の一つでも買え」

そう言って頭を軽く叩かれた。

俺は途端に頬が熱くなり顔を伏せた。 そして心に誓った、エロゲーの隠し場所を変えようと……

「ふう……今日は断るつもりできたから何も持ってきてないんだ、だから勉強を見るのは次からになるがいいか?」

先生は徐に立ち上がりながら言った 。
もちろん俺は、

「はい!」

と、即答し、もう帰るであろう先生を見送る為立ち上がる。 すると先生は手のひらをこちらに向けながら制止した。

「いや、見送りはいい、まだ……アレが少し残っているから」

そう言いながら、先生は襖の梁の部分に目をやった。

俺も釣られて思わずその部分に目をやる。  洒落にならない。

背筋に寒気を感じ身を強張らせていると、先生は俺に背を向けたまま呟く ようにこう言った。

その言葉を、俺は生涯忘れることはないだろう。

「なあ……この家、一体何人死んだんだ?」

心臓が大きくドクン、と、俺の胸をドラの様に叩いた。
押し潰されそうな圧迫感に不意に襲われる、不安という波が音もなく迫ってくるような感覚。

静寂に包まれた部屋の中、俺の喉元から息を呑む大きな音が鳴った。

握った拳には、じんわりと嫌な汗が滲んでいる。

「すまん、今のは忘れてくれ、じゃあまたな」

唖然とする俺をよそに、先生はそう言って、悲しげな表情のままその場で踵を返し部屋から出ると、襖をそっと閉めた。

階段を降りる足音が、フェードアウトしていく。

俺はふと、先生がこの部屋から出ていくのを思い返し、ハッとした。

襖はまるで新築の家の襖のように、 音一つ立てず滑らかに閉まった。

ただし、僅かばかり、縄紐くらいの隙間を残して……

8名無しさん:2016/03/07(月) 05:48:30 ID:Cj6mNBzg0
長くなったけど、とりえず今日はこれにて。
最後まで読んでくれてありがとう。

9名無しさん:2016/03/07(月) 12:57:06 ID:00ZbSOKk0
なかなか面白い。
書き切って欲しいね。

10名無しさん:2016/03/07(月) 20:15:57 ID:Cj6mNBzg0
おお、まさか声が上がるとは思っても見なかった。一人でもいるのなら次も書かせてもらいます。

11ヲタ君の家庭教師「憑猫(ヒョウビョウ)」①:2016/03/07(月) 20:19:35 ID:Cj6mNBzg0
 高校時代、俺はとある家庭教師の先生と出会った。
見た目は清楚なお嬢様系美人の女子大生だが、その本性はまったくと言っていいほどの真逆だ。

猫かぶりという言葉があるが、先生は猫の皮を何枚被っているのか分からない程に酷い。

とにかく、それほどに変わった人だと断言できる。
と、まあここまで扱き下ろしておいてなんだが、美人は正義、だという言葉を付け加えておく。


先生が家庭教師を引き受けてくれてから約二週間が立った。
早いもので先生がこの家を訪ねて来るのも四回目となる。

その間俺は先生に、この家に初めて来た時の事について質問の嵐を試みた、勿論前回の襖で起こった事についてだ。 が、そのほとんどが、


「勉強に集中しろ」

だの、

「この問題が解けたらな」

などと言って、あきらかに一般の高校生では解けないような問題を出してくるなどの妨害にあい、程なくして質問するのを諦めた。

かわりに先生は、あれが一体何なのか? などといった事について色々と聞かせてくれた。

あれとは、前回俺の部屋で見た女の生首の事だ。

単純に俺はあれの事を、

「幽霊ですか?」

と先生に尋ねた、すると先生は、

「さあ、何なんだろうな」

と曖昧な返事を返してきた。

先生が言うには、幽霊とはそもそも生きている人間が後付けで考えたものでしかない、との事。

「怨霊だの地縛霊だのと、勝手にカテゴライズされたのでは、奴らもうかばれないな」

と先生。

幽霊〔仮〕、といったところなのだろうか?
何んだか面倒くさい話だったが、どうやら先生は幽霊、という名詞は使わず、あれ、や、奴ら、などと言った呼び方をしているようだ。

ではその奴ら、とは一体何なのかと聴くと、先生は俺にこう答えてくれた。

「奴らはバラバラになったパズルのピースみたいなもんさ」

俺が首を傾げると、先生は軽い笑みを浮かべながらこう続けた。

「失ったピースを集めて、元の自分を完成させようとしている、だけど残りのピースを見つけられないんだ、奴らにはな……だから代わりに見つけてくれとせがむんだよ」

先生はそう言って黙ると、口の端をにっと歪め、俺の目の前で人差し指と親指をだし、何かをすり潰すような真似をして見せた。

その表情に薄ら寒い悪寒を感じながら、俺は以前、この部屋で起こった怪奇現象を思い返していた。

つまり先生は、以前俺の部屋の梁の部分に付着していた、縄の繊維の事を言っているのだろうか?  あれこそが失われたパズルのピ-スだったと?

その後も色々と話を聴かせてもらったが、まあほとんどが意味不明な先生なりの解釈が続き、俺は素直に、世の中俺より電波な人っているんだなと、しみじみと思った。
②へ

12ヲタ君の家庭教師「憑猫(ヒョウビョウ)」②:2016/03/07(月) 20:21:55 ID:Cj6mNBzg0
まあその事は置いといてだ、俺にはどうしても気になる事が一つあった。
それはなぜ俺があんなものを見てしまったのかだ。

あんなものとは所謂、幽霊といった類のもの。 それについて自分なりに考えられる事は二つ、

一、俺の霊力が増した。

二、先生程の霊感の持ち主が近くにいたから、それに俺が感化された。

それに関して先生に疑問をぶつけてみたところ、

「漫画の読み過ぎだ馬鹿」

と、俺の頭をはたいて言った。

「霊感や霊力なんてものに固執するな。見えるものは見えるんだ、それでいいじゃないか」

先生はそう言って俺の疑問を一蹴。

「だって見える人って、霊感があるんでしょ?」

俺はしつこく聞き返した。 それに対して先生は、

「誰が決めたんだそれ? 見えるイコール霊力なんて安易過ぎるだろ、だいたい霊格なんて考え方自体、人間のエゴだと思わないか?」

この後、先生の話は段々とベクトルを変えていき、結局肝心な事ははぐらかされたまま、先生の授業は二回〜三回と過ぎていった。

その間も俺はネットなんかで色々と心霊に関する事について調べたが、やはりどの話も霊感、霊力云々の話へと辿り着く為、若干の行き詰まり感を覚え、次第にあまりこの手の事は考えないようになっていた。

実際、先生と初めて会った日以来、あの部屋で怖い体験はしていない。
まあ襖の建て付けが抜群によくなったのは事実なのだが……

しかし、そんな事さえも、緩やかに忘れ去っていくんじゃないかと思えるようになったある日、俺は急遽電話で先生から、

「今日は社会見学に行くぞ」

と、半ば強引に誘われた。

家庭教師の社会見学なんて聴いた事はなかったが、正直この頃はあの奇妙な体験の事よりも、先生と会える日が新作のゲームの発売日よりも楽しみになっていた。

内心ワクワクしながら、俺は学校が終わると同時にダッシュで帰宅した。
時刻は午後四時。

あらかたの用意を済ませ一人部屋で待っていると、遠くからけたたましい排ガス音が近づいてきた。

俺はハッとして部屋の窓から外を確認すると、急いで玄関へと向かう。

履き崩した靴を乱暴に履き、踵を鳴らして扉を開けると、家の前にブルーのスポーツカーが一台鈍いエンジン音を轟かせながら止まっていた。

まあアニゲーオタクの俺が車種なんか知る由もないのだが、それがスポーツカーだという事くらいはすぐに分かる仕様だ。
運転席側に目をやると、そこにはだいぶ見慣れた人影があった。

ドアが開き、ゆっくりと人影が顔をだす。

先生だ。
全体的に白と紺色で統一された服装、首元のブルーのリボンが可愛いらしい。

先生は紺色のスカートをヒラヒラさせながら車を降りると、

「すまん、またせたか?」

と、聴いてきたので俺は、とんでもないとばかりに首を振って見せた。

先生は見た目だけならどこかの清楚な美人令嬢なのだが、いかせん目の前の車が不釣り合い過ぎる。
たまたま側を通った、自転車に乗った四十代くらいの男性に奇異の目で見られていた。

無論、俺にも不釣り合いなのは百も承知。

「何してる? 早く乗れ」

先生はそんな事を気にする様子もなく、一人さっさと車に乗り込んでしまった。

それを見て俺も慌てて車に乗り込む。

③へ

13ヲタ君の家庭教師「憑猫(ヒョウビョウ)」②:2016/03/07(月) 23:37:02 ID:Cj6mNBzg0
「し、失礼します」

先生と会うのはこれが四回目だが、外でこうして会うのは初めてだ。
会話にも随分と慣れたつもりだったが、いつもと勝手が違うせいか俺は僅かばかり緊張していた。
心なしか先生もいつもと違ってみえる。

「おっ、今気が付いたけど、お前髪切ったんだな」

「えっ? あ、ええ、まあ……」

と、はにかみながら答えて照れる俺。
うんうん、我ながら気持ち悪いぞ。

「ふふ、似合ってるじゃないか、今度会った時まだ髪伸ばしてたら丸坊主にしてやろうかと思ってたんだが、何だ手間が省けた」

「ソ、ソウデスカ……」

俺は照れるかわりに額に冷や汗を感じながらそう答える。
やはりいつもの先生だった。

先生がギアを上げアクセルを踏み込む。
アスファルトを削るような音と共に車が走り出す。

車体の振動と共に、先生の耳元でダイヤのピアスがヒラリと揺れた。

俺が助手席の窓に写る先生の横顔を見ていると、先生はそれに気付き、気恥ずかしそうに、

「気持ち悪いな、私の顔に何かついてるのか?」

そう言って横目で此方をチラリ。

俺は慌てて視線を逸らし、話を変える為、

「せ、先生車好きなんですか?」

と質問した。

「車が? いや別に、何でだ?」

「いや……だってこんなスポーツカーに乗ってるし、好きなのかなと……」

俺のぎこちない質問に先生は軽いため息をつきながら答えた。

「歩きだと大学でよく声を掛けられるんだ、『送っていきましょうか?』 とか言ってな、それが心底ウザい。 で、知り合いから安く買い取った車がこれだ。 安くてよく走るなら何でもいいさ」

なるほど、確かに先生ならありえる。
ちなみに先生が通っている大学は、地元でもかなり金持ちの学生が多いと有名だ。
ああいけすかない……

「じゃあ電車やバスは?」

それに対し先生は、

「痴漢にあうから絶対に乗らん」

と吐き捨てるように言い切った。

むしろこの人相手なら痴漢をした奴の方がヤバい目にあいそうだと思ったことは、俺の胸の内に秘めておく。

その後も、俺と先生は他愛もない会話を交えつつ、目的地へと向かった。

途中何度かその目的地がどこなのか聞きだそうとしたが、その度に先生はわざとスピードを出してきて、俺は何度か舌を噛む事となり結局聞くことはできなかった。
観念して通り過ぎる対向車のライトに目を細めていると、隣の席から、

「もうすぐ着くぞ、」

と声を掛けられた。
決して乗り心地の良いとは言えない車に揺られること、約三十分といったところか、肌寒いこの季節、空は既に茜色から青黒い空へと、夜が浸食しつつあった。

先生は適当に駐車場を見つけると、巧みな運転捌きで狭い駐車場に一発で駐車し、そそくさと車から降りた。

俺も慌てて降りると、ふと辺りを見渡す。 そこはどこか見慣れた景色のように感じた。

以前、来たことあったっけ?

高架線の下、怪しげな占い小屋に傾いた飲み屋の屋台。 その周りを囲むようにして建ち並ぶ薄暗く小汚い雑居ビル。
遠くから車の騒音と喧騒が入り混じった、なんとも耳障りな音が微かに耳に入ってくる。

遠くの空にふと目をやると、どこかで見た事あるような高層ビルの影が、暗い夜空にそびえ立っていた。

もしや……

「ここって○○駅の裏通り……ですか?」

先生の背中に声を投げ掛けるが、先生は振り向きもせず、

「いいからさっさと来い」

と言って、薄暗い街灯の下、スタスタと奥の道へと進んでいく。

俺は置いていかれまいと、すぐにその後を追った。


④へ

14ヲタ君の家庭教師「憑猫(ヒョウビョウ)」④:2016/03/07(月) 23:39:18 ID:Cj6mNBzg0
まあ何であれ、先生みたいな人とこうして外を歩けるだけでも、昔の俺からしてみれば想像もつかない事だった、そう思うと思わず自然と顔がにやけてしまうのも仕方がない事。

「さっきから何なんだお前、気持ち悪い顔しやがって……ほら、着いたぞ」

俺はにやけた顔のまま、先生が立ち止まり視線を向けた先に目をやった。

先生の切れ長の目が見つめる先には、雑居ビル?
いや待て、入り口の看板にはどこかで見たような英語表記が……H O T E L。

えっ……?

一瞬頭が真っ白になりかけたが、俺は必死に自我を保ちつつ、すぐさま先生に向き直り声を荒げた。

「ええっ!? せ、先生こ、ここ、ほ、ホテル──」

と最後まで言い終わる前に、

ガツンという鈍い音と共にに俺は前のめりに突っ伏した。

まあ早い話が先生の鉄拳制裁だ。

「この馬鹿! よく見ろ、たっく……」

……よく見ろ?

俺は後頭部を押さえつつ、顔をしかめながらもう一度建物を見た。

何度見てもホテルだ……ただし、

「廃墟……廃ホテル、ですか?」

先生は俺の返答に黙って頷くと、再び廃ホテルをじっと見つめる。

高架線の上を、耳をつんざくような音と共に電車が走った。
電車の明かりが断続的に先生の横顔を照らしていく。
明かりは先生の瞳の中に吸い込まれるようにして、まるで蝋燭の火のようにゆらゆらと揺らめいている。

その時の先生の横顔はとても綺麗で、なぜかそれと同じくらい怖い……と、俺はどこかで感じていた。

しばらく廃ホテルを眺めていた先生は、持っていたハンドバックから徐に懐中電灯を二つ取り出し、その一つを俺に手渡してから、ツカツカとまるで勝手知ったる他人の家のように、中へと入っていった。

この人には躊躇いというものがないのだろうか?
俺は脳裏に浮かび上がる、不法侵入という言葉にびくびくしながら、辺りを見渡し先生の後に続いた。
外観はそこまで荒れてないように見えたのだが、中はかなりの荒れ放題だった。
まあ得てしてこういう場所は変な輩の溜まり場になるのがセオリーだし仕方がない。

壁一面にスプレーのようなもので書かれた罵詈雑言の落書き、床のタイルには何かが焼かれた後や、雨漏りによって腐食した後が数多く見られる。

先生はそれらには何も興味を抱かないといった表情で、中央フロント付近にある階段へと向かった。 置いて行かれまいと俺も後に続く。

階段を踏みしめる度に、床に張ってあるラバータイルがめりめりと嫌な音を立てる。
不意になる嫌な音というものは、どうしてこう人の恐怖を掻き立てるのか。

もしここに先生がいなかったら、俺はとっくの昔に叫び声を上げながら階段を駆け降りていただろう。
というか今更だがなんで社会見学がここなんだ、これじゃ悪質な肝試しじゃないか。

俺は胸の内で悪態をつきながらも、黙ったまま先生の後ろを歩いた。
まあそれでも先生と一緒と考えれば少しは気も晴れる。

そんな事を考えながら進んでいると、不意に先生がポツリと呟くように俺に言った。

「この間、お前の家で何人死んだんだと、聴いたな?」

辞めてくれ、何でこんな最悪のタイミングでそれを言うんだこの人は。

何人死んだんだ、とは以前、俺の家に先生が初めてやってきた時の事、先生が帰り際に言い放った無責任な発言の一つだ。

俺はあの後しばらくは家中の電気をつけて夜を過ごすようになった。

まあ出張中の母親に今月の電気代について説教された為、今はつけたままなんて事はしてないが、それでもたまに思い出しては夜一人でびくびくしている。

もしあの家を引っ越す予定があるのなら、俺も詳しく過去の事を調べてみたいもんだが、残念ながら高校を卒業するまでの約二年間は、俺はあの家に嫌でも住み続けなければいけないのだ。

それに昔の人はとても素晴らしい言葉を残してくれているじゃないか、

触らぬ神に祟りなし、と。

⑤へ

15ヲタ君の家庭教師「憑猫(ヒョウビョウ)」⑤:2016/03/07(月) 23:41:27 ID:Cj6mNBzg0
「ええ、覚えてます……あの後ちょっと家の事について調べてみたけど何も分かりませんでした、それが?」

勿論調べてなどいない、調べるつもりもないが、

「いや、あの家はいいんだ、いずれ調べれば分かる事だしな。 一筋縄ではいかないだろうし」

と先生。

おいおい調べる気なのか……

俺が気をもんでいると先生は、それより……と付け加えて話を続けた。

「問題はここさ、このホテルでも人が亡くなっている、過去に三人、な」

先生はそう言うと、足下にあった窓ガラスの破片の上に足を置いた。 その足にゆっくりと力を込める。

静寂に包まれたロビーにパキン、という乾いたような跳ねる音が響き渡る、と同時に、先生はゆっくりと口を開きぽつりぽつり、と語り始めた。

「丁度今から一年前、ここホテル○○ワールは、とある女性がオーナー件支配人をやっていた。 しかし女性がこのホテルで病気で亡くなると、その女性の親族達の手によって、このホテルは閉鎖され、買い手がつくまでの間放置される事となった。 だがそんなある日、事件は起こった」

「事件……?」

俺が聞き返すと、先生はそれに軽く頷くようにして再び口を開く

「市内に住む、とある女子高生が、ある日この廃ホテルに侵入した」

俺が固唾を飲んで先生の話に耳を傾けていると不意に、足元に何か柔らかいものが触れた。

何だ? と思って下を見ると、黒い毛で覆われた小さなものが物凄いスピードで駆け抜けていくのが見えた。
あまりの突然の事に、俺は声を出すのも忘れてその場から大きく飛び退く。

「なんだ?」

先生がそう聴いてきたので、俺は狼狽しながら、

「な、ななな何かいます!」

と答えた。

すると先生が俺の背後を指をさして言った、

「何かって、あれの事か?」

すぐさま先生が指をさす方に振り向くと、階段の踊場を通り過ぎる猫らしき後ろ姿がチラリと見えた。

「ね、猫……?」

「みたいだな」

呆れたような顔で腕を組み俺を見る先生、

「オーナーの女性が大の動物好きだったみたいでな、亡くなった後もその数を増やしてここに住み着いているらしい、野良猫や野犬の住処になってて、近所でも問題になってるみたいだ」

なるほど、と俺は黙って頷く。

先生の俺を見る視線が痛い。
俺はペコペコと先生に何度も頭を下げ、途中だった話の続きを伺った。

「それで、その女子高生はなんでこんなとこに侵入したんですか? 肝試しですか?」

「言ったろ、ここでも亡くなった人がいるって、ついてこい」

先生はニヤリとしながらそう言うと、さっきの猫が駆け上がって行った踊場に向かって、階段を上り始めた。

どうやらこれ以上は教えてくれないみたいだ。 後はついてのお楽しみと言いたいのだろうか?

先生は一体俺に何を見せる気だ?
もしかしてその女子高生がここで亡くなって、幽霊になったからそれを見にきたとか?

「おい、何してる」

考え込み立ち止まる俺に、先生がついて来いと手で合図を送ってきた。

「あ、すみません」

慌てて階段を駆け上がる。

⑥へ

16名無しさん:2016/03/09(水) 10:57:12 ID:TQD9NBGE0
契約書にパンチ穴あけて保存してた後輩に2時間ガチ説教した結果wwwww
http://bit.ly/1LDQeP1

17ヲタ君の家庭教師「憑猫(ヒョウビョウ)」⑥:2016/03/09(水) 14:15:41 ID:q2QLSbVU0
踊場に出ると、目の前に壁があり、左右に長い廊下が伸びている。
奥の方は真っ暗だ。

ふと腕時計を見るともう午後6時を回っていた。
もう夜の闇はそこまで来ている。

先生は迷わず右に曲がると、慣れた足取りでそのまま奥へと進む。

「ここにはよく来るんですか?」

何となく気になったので聴いてみた。
まあこんな所に一人で来るなんていうのもおかしいが、この先生なら十分ありえる。

「ここのはまだ解けてないんだ」

先生はそれだけ答えると、また黙ったまま懐中電灯で廊下を照らしながら奥へと進む。

やはり来ていたのか。
というか解けてないっていうのはどういう事だ?

一人頭の中で連想していると、不意に先生が言ったある言葉が、俺の頭の中を過ぎる。

『奴らはバラバラになったパズルのピースみたいなもんだ』

以前、先生が俺に聴かせてくれた言葉だ。

俺はハッとして目の前を歩いている先生の背中に質問を投げかけた。

「ここに、解けないパズルが……あるんですか?」

先生が急に立ち止まる。

俺もその場で急停止。

「へ〜、分かってきたじゃないか」

先生は振り向きもせずにそう言うと、再び奥へと歩き出す。

俺にはその声がどことなく嬉々をはらんでいるように聴こえた。

正直、頭のおかしな会話だと俺は思う。
確かに俺と先生は、説明のつかない奇妙な体験をした。
だが、信じれば信じるほど裏切られるもの、それがオカルトで、俺はそれを高校の頃に身を持って体験している。  だから遊び感覚くらいが丁度いい……丁度良いはずだった、先生に出会うまでは。
誰かと何かを共有するなんて事はなかった。 ずっと一人、それが当たり前だと思っていた。
でも、先生と出会って初めて俺は、誰かと同じ目的で行動する事、同じ世界を共有する事が楽しいと感じる自分に、この時気づき始めていたのだ。

だからなのかもしれない、社会見学だと言われ、こんな廃墟に連れて来られても、どこかワクワクした気持ちでいられるのは……

などと一人想いを馳せていると、

「また気持ち悪い顔してるな、たっく、ほら着いたぞ」

振り返りこちらを見る先生から辛口な言葉が飛んできた。

俺は頭を掻きながら先生の方を見た、廊下の突き当たりにある部屋の前に立っている。
どうやら目的の場所に着いたようだ。

急いで駆け寄ると、先生がゆっくりと両手でドアノブを回した。

分厚い鋼鉄製の扉だった。 ズシリ、と扉が重々しい音を立てながら開く。

扉はまるで暗闇の中、巨大な怪物が大口を開けて、俺と先生を飲み込もうとしているようにも見えた。
想像して思わず息をのむ。

「入るぞ」

先生はそう言うと俺の返事を待たずに、部屋の中へ吸い込まれるように入っていった。
慌てて俺もその後に続く。


中は想像以上に暗い。
入り口から外の光が僅かに差し込んだが、部屋の奥まで照らすにはいたらなかった。

開け放っていた扉が、その重みでゆっくりと勝手に閉まり、再び部屋の中全てを闇が覆い始める。

俺は部屋の中を、手に持っていた懐中電灯で照らそうとスイッチを押した。 すると先生は俺の持っていた懐中電灯をすかさず取りあげると、すぐさまスイッチを切ってしまった。

「何するんですか? 暗くて何も見えないですよ」

俺がそう口にすると先生は、

「こいつらは明かりが苦手なんだ、それに部屋の中は私が頭の中に叩き込んでる、来い」

そう言ってぶっきらぼうに俺の手を握り、部屋の奥へとズンズンと進んでいく。

こいつら? すぐに聞き返そうとしたが、俺は手を握られたせいで恥ずかしさの余り口を噤んでしまった。

⑦へ

18ヲタ君の家庭教師「憑猫(ヒョウビョウ)」⑥:2016/03/09(水) 14:20:14 ID:q2QLSbVU0
「ここに座れ、ほら」

先生はそう言いながら、握っていた俺の手に、ひんやりとした鉄の板のようなものを掴ませた。
空いた手でその物体を確認する。 どうやらパイプ椅子のようだ。

俺がそのパイプ椅子を広げ座ろうとすると、直ぐ隣で先生が何やらゴソゴソとしだした。

何か液体のようなものを器に注いでいるようだ。
とりあえず椅子に腰掛けると、俺は先生にさっきの事を聴く事にした。
ついでに今何をしているのかも、

「さっきのこいつらって、一体何の事です──うわっ!」

最後まで言いかけた瞬間だった。
またもや突然、俺の足元を何やら生暖かいものが、しかも今度は通り過ぎるのではなく、俺の足元にすり寄ってくる。
これはもしや……

「ね、猫?」

暗闇にうっすらと目が慣れてきた俺の視界に、子猫ほどの大きさの影が、暗闇の中蠢くのが見て取れた。

暗すぎてはっきりと捉えられないものの、先生のこいつらというニュアンスといい、さっきの液体を注ぐ音といい、俺はようやく自分が置かれた状況を理解する事ができた。

「肝試しじゃなかったんですか……?」

「誰が肝試しなんて言った?」

ごく当たり前のように身も蓋もない事を言う先生。
社会見学でもないでしょとツッコミたかったが、なんだか呆れてしまったので言うのはやめた。

陶器の乾いたような音、先生が何か皿のようなものを床に置いた、同時に部屋の四隅から別の気配がし、俺は咄嗟に辺りを見渡す。

子猫は一匹ではなかったようだ。

三匹、いや四匹か。

皿の中はミルクだろうか?ほんのりとした乳製品の微かな匂いが、俺の鼻先をくすぐった。

「それ、ミルクですか?」

俺がそう聴くと先生は、

「まあな、母乳はでないし、こいつで代用するしかない」

そう言って左手に持っていたものを俺に近づけてきた。
市販で売られている牛乳パックの影がうっすらと見える。

というか母乳って……。
俺は妄想を掻き消すように頭を振ると、それをごまかすように先生に話し掛けた。

「え、餌をやりに来たかっただけならそう言えば良かったのに……せ、先生って猫そんなに好きなんですか?」

「別に、まあ可愛いとは思うけどな……ん? 餌?」

ふと会話が途切れた。小首をかしげる俺、なんだか先生と話がかみ合わない感じ。
どうしたんだろうと思い俺は、

「子猫に餌をやりに来たんじゃないんですか?」

と、確認するように聞いてみた。
すると先生は何が可笑しいのか、

「ははは……そうか、そうだったな、まだ話の途中だった」

そう言って愉快そうに笑いながら言ってきた。

何だ? 餌やりでもないのか?


⑧へ

19ヲタ君の家庭教師「憑猫(ヒョウビョウ)」⑧:2016/03/09(水) 14:23:35 ID:q2QLSbVU0
先生の態度に俺が戸惑っていると、そんな俺の様子を察したかのように、先生は独り言のようにポツリ、と話し始める。

「女子高生がこの廃ホテルに侵入したのには訳があったんだ」

女子高生、確かこの部屋に来る途中に先生が話してくれたやつだ。

さっきは途中までだったが、どうやらやっと続きが聞けるらしい。
まあ話の出だしからして、おそらくその女子高生がここで自殺したというような内容だろうか。

「その女子高生は普段学校にも行かず、その当時付き合っていた男の家で暮らしていたらしい。 まあ素行の悪い家出娘だな。 そんなある日、その付き合っていた男と女子高生の間に子供ができてしまった」

そこまで聴いて俺は、率直によく聞く話だと思った。
子供ができたのを潮時に、男は女を捨て、女はそれを悲観して死を選ぶ。

俺の父親もそんなろくでもない男の一人だ。
ただうちの母親は俺を産んでちゃんとと育ててくれた。

「赤ちゃんができた事を男に相談するも、最悪な事に男はそれを期に女の子を家から追い出そうとした」

やはりその展開か、俺は胸の内で軽いため息をつきながら先生の話に耳を傾ける。

「女の子はそれを拒み何とか男との生活を続けるが、子供をおろす金もなく、ましてや男が出すはずもない。 かといって家出した手前、家族にも頼れない。 そんな八方塞がりの中、やがて時間だけが過ぎて行った」

「だから……その女子高生はここで自殺を図ったんですか?」

何だか聞くのも酷な話になってきたので、俺は先生の話を最後まで聞かずに後の展開であろう結末を聞いた。

すると先生は、

「いいや、その女の子は今もピンピンしてるよ」

「えっ?」

予想だにしなかった展開だ、まさか男の気が変わって子供を産む事になりハッピーエンド、なんていうリア充爆発しろみたいな展開にでもなったというのか?

いや待て、先生はここで人が亡くなっていると言っていた。
死んだのが女子高生ではないとすると……何だか嫌な予感がする。

「その女の子は産んでしまったのさ、もちろん病院なんかじゃない、その男の家でな」

話が一気に殺伐としてきた……確かに何かの拍子で子供が産まれたという話は、テレビなんかでたまに見聞きした事がある。
それよりも、肝心なのはその産まれた赤ちゃんだ。

「その赤ちゃんは……どうなったんですか?」

恐る恐る先生にそう聞くと、先生は俺に、

「さっから言ってるだろ、その女子高生は訳があってこの廃ホテルに侵入したんだって」

と、何か言い含めるような言い方をしてきた。

そのせいか、見えるはずのない先生の顔が、暗闇の中で歪んだ笑みを浮かべているように見え、俺は背筋が僅かに粟立つのを感じた。

静まり返る部屋に、ペチャペチャ、という耳障りな音が響く。

暗がりの中、子猫達が必死にミルクを舐め回しているのだろうか。

それはさながら赤ん坊が母親の乳を貪る様子とも伺える。

赤ん坊……

その瞬間、なぜか妙に胸の内がざわめくような感覚に襲われた。
周りの音が遠くなり、自分の胸の鼓動や脈拍が逆に近くで鳴り響いているのがよく分かる感じ、

先生はここに解けないパズルがあってきた。
それはつまり世間一般的に例えると、幽霊といったものがここにいると示唆する。

でもここで亡くなったのは女子高生ではない、おそらく先生の話からして亡くなったのは赤ちゃんだ。

何だ、なぜこんなにも気持ちがざわつく。
何か大事な事が解り掛けているのに、それが頭の中ではぼやけている、そんな歯痒い思いがしてならない。

俺がそんなジレンマをしていると、先生が話の続きを語り出した。



20名無しさん:2016/03/17(木) 12:28:18 ID:sp41e8r.0
んで?


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