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藍物語(投稿・感想・雑談専用=隔離)スレ

1枯れ木も山の賑わい:2014/03/26(水) 23:49:11 ID:sdeCrXLs0
藍 ◆iF1EyBLnoU の 投稿と
投稿に対する感想・雑談の為に立てた専用スレです。
レスの都合上コテハン推奨ですが、匿名の書き込みも勿論OK。
非難の書き込みは「作品に関する話題・雑談」スレで存分に。
こちらへ書き込まれた場合は(可能ならば)削除します。

135 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/18(金) 20:54:02 ID:hvxGhMWM0
テスト中です。

136 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/18(金) 21:25:28 ID:hvxGhMWM0
皆様今晩は、藍です。本日戻りました。

>>管理人様
掲示板のルールを理解しないまま、長期間にわたって
ルール違反の投稿を続けて参りましたこと、心よりお詫び申し上げます。

「大長編駄文」・「ラノベもどき」・「粗大ゴミ」等の評価があるのも承知しておりますし、
本来、ルールに反して投稿された作品をこちらに残しておく道理はありません。
私がこれまで私が投稿した作品がこちらの掲示板にふさわしくないとお考えでしたら、
どうぞ全て削除して下さい(作者である知人の同意も得ております)。
ただ、管理人様がこの書き込みを読んで下さったことを確認する術が私には有りません。
これから『邂逅(中)』以降を投稿いたしますが、不適当であればアクセスを遮断して下さい。
以降一切の書き込みをせず異議を申し立てないと誓約いたします。
また、作業がご迷惑であれば『邂逅(中)』以降はまとめずに放置して下さって構いません。

>>これまで作品を読んで下さった皆様
事情は説明できませんが『邂逅』の投稿を再開いたします。
もし楽しんで下さる方がおられましたら嬉しく思いますが、もちろん非難のコメントもどうぞご存分に。。
とりあえず11時まで様子を見て、削除が始まらないようなら投稿を再開します。
削除が始まる、または11時を過ぎて投稿が始まらないようなら事情をお察し下さい。それではごきげんよう。

137名無しさん:2014/04/18(金) 23:52:17 ID:fNS/4yRY0
たんたんと話だけ投稿してそれ以外書き込まなきゃいいんじゃないですかね
レスしてきた結果これだと思うんですよね
投稿のバックボーンとか読んだ人の感想とか興味無いのでシリーズまとめで楽しく読んでたのですが
たまたま掲示板開いたら変な流れになってて残念でした

138 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:09:41 ID:OWZkMMAw0
『邂逅(中)』

 「当主様の強い御意向もあり、分家との争いを完全に解決するための
計画が進められています。今回依頼する仕事は、その計画の一部。
ですからもう少し、昔話を聞いて頂かなければなりません。
分家との争い、それがどのように生じ、どんな経過を辿ってきたのかを。ちょっと失礼。」
遍さんは立ち上がり、短い電話をかけた。機器から取り出したディスクを封筒に入れ、
他の書類と共に保管庫に戻している途中でノックの音がした。
「どうぞ。」 「失礼致します。」
ドアが開き、少女が1人部屋に入ってきた。
手にしたお盆には涼しげなガラスのポット。それに、氷の入った背の高いグラスが3つ。
テーブルに置いたグラスに薄い黄緑色の飲み物を注ぎ、ポットを置いて少女は出て行った。
その所作は美しく洗練されていたが、俺が裁許を受けた日に見た少女ではない。
「実は緊張していて、飲み物を手配するのを忘れていました。申し訳ありません。どうぞ。」
言い終わると遍さんはグラスの飲み物を一気に飲んだ。深く息を吐く。
姫がポットを取り、遍さんのグラスに飲み物を注いだ。 「これは済みません。」
俺も一口、飲み物を口に含んだ。微かな苦み、良い香り。お茶の一種、なのだろうか。

139 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:12:41 ID:OWZkMMAw0
 「Rさん、我々が分家と袂を分かつ事になった原因はご存じですか?」
「はい。Sさんからは、術者を作り出す外法と関わっていると聞きました。」
「その通りです。しかしそれは問題の一面に過ぎません。
この問題の真相は一族のあり方をめぐる内紛。主導権争いです。
分家は元々とても古い、有力な家系。
その長はとても優秀な術者であり、『上』のメンバーでもありました。
しかしその男は、一族の意志決定に術者以外の人間が関わることに不満を持っていたのです。
当然ですが、先の大戦では一族もその影響を受けました。
戦時中の混乱に乗じて、その男は一族の主導権を握るために、
あるいは一族から離脱する事を目指して、行動を起こした訳です。
遍さんはまた一口飲み物を飲んだ。氷の音が涼しく響く。
「私たちの一族が約千年に渡って存続出来たのは、早い段階で当主の世襲制を廃止し、
各家系の代表者と優れた術者で構成される『上』の集団指導体制を確立出来たからです。
それによって術者と術者でない者が互いを信頼し協力し合う関係が構築されました。
先の大戦に伴う混乱と世の中の変化は、私たちには想像も出来ない程だったはず。
一族がそれらに上手く対応出来たのも、互いの信頼と協力があったからです。
一族においてさえ、術者はあくまで少数派。その意見だけが全体の意志を決めるとすれば、
術者でない者はやがて一族から離脱していくでしょう。一族の人数が減少すれば、それは
力を持って生まれてくる子の減少に直結します。それは結局、術者の減少という結果を招く。
それでは一族が世の中の変化に対応し、力を維持することは出来ません。」

140 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:19:16 ID:OWZkMMAw0
 一族の人数が減少すれば、力を持って生まれてくる子も減少する。それは必然。
ただし、外法を使えば、生まれてくる子に任意の力を与えることが出来るとSさんは言った。
「もちろん外法を使えば、術者でない者たちが離脱しても必要な術者を作り出せます。
言い換えれば、術者至上主義は外法を使うことを前提にしなければ成立しません。
しかし、事もあろうに『外法を使って術者を作り出す』など。
それは、一族全体として到底受け入れられる考え方ではありませんでした。」
「何故、その家系を放逐したんでしょうね。別の方法も有ったと思いますが。」
「もちろん『その家系を滅すべし』という意見も有ったと聞いています。
しかし当時、当主様も『上』も、その意見を採りませんでした。
大戦中、更に一族の内紛となればこちらにも相当な被害が出るのは間違いありません。
それに、遠からずその考え方は破綻し、分家自体が瓦解すると予想したからです。」
「必要なだけ術者を作り出せるなら、分家と本家の力関係が逆転するのではありませんか?」
「外法には代償が必要です。生まれてくる子に、術者になれる程の力を与えるなら、
その代償は間違いなく代の命。力を持たない人間の命と引き替えに力を持つ人間を作り出す。
そんな外法が分家の全員に支持される、支持され続ける筈がありません。
その点について、最初から分家内部の意見は統一出来ていなかったはずです。
だから当時の当主様と『上』は、分家内の穏健派と契約を結びました。
『分家自身の力で外法を使う者たちを滅することが出来たなら、いつでも復帰を認める。』と。
そして『相互不干渉と敵対行為の禁止』を条件に、その家系の離脱が認められました。
こうして成立したのがいわゆる分家。その後、本家と分家の関係は絶たれました。」

141 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:22:45 ID:OWZkMMAw0
 遍さんは一旦言葉を切り、飲み物を一口飲んだ。
「当主様と『上』が予想した通り、分家はゆっくりと瓦解の道を辿りました。
実際に外法を使う段階で反対する者が多く、術者を作り出す計画が頓挫したのか、
外法を使って生み出された術者がいたかどうかは確認されていません。
さらに術者の中からも分家を離れるものが出て、過激派の影響力は低下しました。
本家に保護を求めて来る者、術との関係を断った者、
分家を離れた者たちの末路はさまざまです。」
母から聞いた話の通りなら、俺の曾祖母は分家を離れた術者の1人ということになる。
「僕の曾祖母は分家の出身だと聞きました。外法に反対して分家を離れたのでしょうか?」
「『上』の調査によると、その女性が分家を離れたのは、分家が一族から離脱した直後です。
その時期から考えて、外法を使うという方針に反対して離脱したのは間違いないと思います。
かなり聡明な方だったのでしょうね。もっと後であれば、たとえ分家が離脱を許しても、
過激派は執拗にその女性の監視を続けたでしょう。Kの両親がずっと監視されていたように。」
首筋の毛が逆立つ。ではKの拉致は、そして、もしかしたら俺も。

142 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:25:59 ID:OWZkMMAw0
 「Kが拉致されたのは19年前、Kは2歳だった筈です。
その頃、既に過激派は分家の中でも異端として忌避される存在になっていました。
長が代替わりし、分家全体としては一族への復帰を願う意見が大勢を占めていましたから。
しかしその分、孤立した過激派の思想はより先鋭化してしまったということでしょうね。
力を持つ子供たちの拉致はその表れ、Kはその被害者という訳です。
Kが拉致された際、抵抗した両親が殺されました。
しかしKにその記憶があったかどうかは分かりません。」
その記憶があったなら、Kは術者として分家に協力しただろうか?
いや、記憶がなくとも、薄々は自分の境遇に感付いていたはずだ。
だからこそ姫の件で俺に見せた夢が『小さな女の子が拉致される場面』だったのではないか。
俺がその女の子は姫でなくKだと言った時、彼女の体から立ち上った青い炎。凄まじい熱量。
心に秘めていた疑問を不意に突かれて、だからあれ程の怒りが。
「その時、何故『上』はKを取り戻そうとしなかったのでしょうか?」
「あくまで分家の内紛。それなのにこちらが先に手を出す訳にはいきません。
『血縁相克』の大罪では、先に手を出した者が、はるかに重い報いを受けます。
しかも、本家が手を出せば反撃の口実を与えることになり、一族全体の争いに発展する。
Kの両親は、分家を離脱したあと、本家の保護を求めるべきでした。
当時も、そして現在も、本家へ保護を求めて来る者には、相応の対応がなされています。
もちろん外法を使わないという宣誓は必要ですが、それ以外の条件や罰則はありません。
場合によっては、一族への復帰という特例が認められることもありました。
このような対応がなされたのには、先代の当主様の御意向が強かったと聞いています。
『実際に外法を使った者以外に、罰を科す謂われは無い。』、そう仰って『上』を説得されたと。」

143 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:28:23 ID:OWZkMMAw0
 「特例として復帰が認められ、その後一族でも重要な地位についた例もあります。
Lさまの母上もそうでした。亡くなるまで、彼女は『上』の顧問として活動していました。」
姫の母親が...つまり、姫は分家の。
K・姫・俺、3人は同じく分家の血に、連なっていることになる。
姫に近い親戚がいるという話を聞かないのは、このあたりの事情によるのだろう。
「私の祖父母が、私の母を先代の当主様に託した。そう、Sさんから聞きました。
『これ程の力を持つ子を、あの者たちに渡す訳にはいかないから。』と。」
「ただ、過激派にすれば、Lさまの母上は『元々自分たちのもの』、そう考えるでしょうね。
彼女が分家に残って術者になっていれば、過激派の運命は変わったかも知れない訳ですし。
だからLさまが生まれ、母上の力の一部を受け継いだと分かった時、Lさまを拉致した。
母上がご存命なら、それは絶対に不可能でしたが...」
遍さんは眼鏡を外し、レンズをハンカチで拭った。

144 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:45:34 ID:OWZkMMAw0
 「Lさま、宜しいですか。もう少し立ち入った話を続けても?」
「はい。母のことも、父のことも、特に隠しておく必要の無いことです。」
「もちろんLさまと父上には護衛の術者が付いていました。
しかし、そのお住まいは聖域の中ではありませんでしたし、そして何よりも。」
遍さんはもう一度眼鏡をかけた。レンズの向こう、その眼は鋭く光っている。
「先代の当主様も、『上』も、未だ信じていたのです。『相互不干渉と敵対行為の禁止』を。
しかし、19年前のある日。分家の術者が数人、Lさまと父上のお住まいを急襲しました。
Lさまの父上と護衛の術者を殺し、Lさまを拉致したんです。
その事件を切っ掛けにして、一族の方針は不干渉から敵対へと変わりました。
当主様の裁可を受けた後に『上』は過激派の殲滅とLさまの奪回を決議。
対策班が過激派とそれに連なる者の動きを徹底的に監視・追跡し、Lさまの行方を追いました。
無抵抗の者は引き続き監視下に置き、抵抗する術者は躊躇無く殺害しました。

145 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:48:11 ID:OWZkMMAw0
 Lさまを奪回したのは半年後。
その時点で、すでに過激派の術者は残り6人になっていた筈です。
しかし、いずれもかなり強力な術者たちだったため、全員を殺害することは出来ず、
その後、残った術者たちの足取りは途絶えました。」
「5年前、Lさんを再度拉致しようとしたのが、その。」
「そうです。あの事件で2人とK、今回の事件で依頼人を装った1人。
今も残っている過激派の術者は恐らく2人。
TV局に映像を持ち込んだ人物、そして映像に写っている人物。
今日、当主様が御影に2人の居場所の探索を命じました。
それは今日中に判明するでしょう。当然それなりの対策をしている筈ですから、
正確には『御影すら侵入出来ない結界が張られた場所』が判明する訳ですが。
そして、可能であればビデオを持ち込んだ術者を殺害する、その命も下っています。
式を使って血縁を殺害することは禁呪。しかし、この際、止むを得ないとの御判断です。」
「それ程の術者なら、探知されたことを察知して、すぐに移動するのではありませんか?」
実際、Kたちは頻繁に移動していたからこそ、Sさんでさえその居場所の特定に手間取った。
当然あの時も式による探索は行われていただろう。ならば今回も。
「映像に写っている術者は、おそらく今回の事件の首謀者です。
この人物は間違いなく、かなりのダメージを負っている筈。
身動き一つ出来ない状況だったとしても不思議はありません。
本来ならばその命は『あれ』との契約の代償になるはずだったのですから。」

146 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:50:22 ID:OWZkMMAw0
 遍さんは立ち上がり、保管庫の中から小さな木箱を取り出した。その箱をテーブルに置く。
「さて、ようやく本題。今回の依頼の内容です。映像に写っている術者を、
御二人に処理して頂きたい。そしてこれは、当主様の御意向でもあります。如何でしょう?」
これまで何度と無くSさんの仕事を手伝ったし、単独の仕事も幾つか経験した。
しかし、俺はこの手で人を殺したことはない。おそらくは姫も。 処理≒殺害、それを俺と姫が。
「その仕事、お受けします。」
凛とした涼しい声が部屋の空気を震わせた。姫は真っ直ぐに遍さんを見つめている。
「Rさんは如何ですか?」
「もちろんお受けします。ただ、Lさんも僕も、Sさんや炎さんのような力を持っていません。
僕たち2人で出来る仕事でしょうか?Lさんだけは絶対に。」
「御心配はごもっとも。そのために、当主様からこれをお預かりしています。」
遍さんはテーブルの上の小箱を姫の前に置き直した。

147 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:53:53 ID:OWZkMMAw0
 「どうぞ。Lさまならこの箱の中身が何なのか、お分かり頂ける筈です。」
何の変哲もない小さな木箱。滲み出る気配はなく、かといって結界が張られている様子もない。
姫は無造作に箱の蓋を開けた。細い指が箱の中身を取り出す。
...4つに枝分かれした細い金具が黒い玉を抱いている。玉の直径は約3cm。
金具は金色で、その中心部には2つ連なった小さな環状の金具。
姫はそれをじっと見つめたあと、右手で握り締め左胸に押し当てた。小声で何事か呟く。
微かに、気配を感じたかも知れない。それともあれは、姫の心の動きだったか。
「これは、青の宝玉ですね。号は『碧空』。」
青の宝玉? 姫の右掌の上。それはやはり黒、青い色など見えない。
姫はそれを箱に戻し、蓋を閉めた。
「使い方についてはLさま、そしてSさまの方が詳しいと思います。
御二人の力とその宝玉があれば全てが終わる、当主様はそう仰いました。」
それで当主様は俺と姫を。つまり、分家の血。
『分家自身の力で外法を使う者たちを滅することが出来たなら、いつでも復帰を認める。』
分家の復帰を認めるために、あくまで遠い約束を守る。それが、当主様の御考えなのだ。

148 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:56:21 ID:OWZkMMAw0
 お屋敷に戻ると、既に『上』から連絡が届いていた。御影が突き止めた場所は△県。
郊外に建設されたものの、6年前に経営が破綻し放置された老人介護施設。
長期入所に対応した設備はあるが、水や電気が止められているために
対策班の捜索対象から外れていたという。水や食料の持ち込みは容易だろうが、
電気はそうもいくまい。自家発電の設備があったとしてもまともに動くかどうか。
身動きの出来ない程のダメージを負った術者を、一体どうやって世話しているのだろう。
翌日の早朝、俺と姫はその施設に向けて出発した。車でおよそ半日の距離。
多分昼前までには到着。そこから、俺と姫の仕事が始まる。遠い約束を果たすために。

『邂逅(中)』 了

149 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 03:59:03 ID:OWZkMMAw0
少しお時間を頂いて仮眠します。以後の投稿はその後で。

150 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 10:59:40 ID:OWZkMMAw0
『邂逅(下)』

 その施設に着いたのは11時過ぎ。道路が空いていたので、予定より少し早い。
海沿いの県道から海岸とは反対方向の細い道に入って数百m、人目に付きにくい場所。
施設の門は開いていて駐車場には大型のバンが一台停まっていた。
分家の術者が使っている車だろう。長期間放置された状態には見えない。
つまり残った分家の術者は2人とも、今この施設内にいることになる。
「Rさん、いよいよですね。」 「はい、宜しくお願いします。」
姫は微笑んで右手を差し出した。その手を左手でしっかりと握り、目を閉じる。
じいぃぃん、胸の奥が熱い。俺と姫の心の一部が重なっている。
この時のために、昨夜から2人で準備を整えて来た。
2人の意識を繋げることでお互いの力を共有する。『あの声』と『言霊』。
系統は違うが、どちらも言葉を媒とする力。組み合わせて共有するのは難しくない。
まず俺が車から降り、注意深く辺りの様子を窺う。術者の気配は感じない。結界の、中か。
助手席のドアを開け、姫も車から降りた。手を繋いだまま歩く。
姫の信頼が伝わってくる。俺の気持ちも姫に伝わっている。それがとても心地良い。
大仕事を前にして、俺たちは不思議なほど落ち着いていた。
この仕事に全力であたる。結果はどうあれ、俺たちは最後まで一緒だ。

151 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:02:51 ID:OWZkMMAw0
 施設の玄関前まで来た時、スロープの脇に棒のような物を見つけた。
長さは約80cm、先端にバネ仕掛けらしい鎌状の刃。刃渡りは10cmほど。
反対側の端は革巻きの握りになっている。恐らく、仕込み杖のような武器。
「Rさん、あれを。」
姫の視線を辿る。スロープを上り切った所。コンクリートの床に人型の影が焼き付いていた。
大きさから見て、かなり体格の良い男の影に見える。落ちていた武器の持ち主だとすれば。

 『残り2人の内1人だ。』

低く太い声が辺りに響いた。この声と気配。あの、最強の式。御影。
『本家からの分離にあわせて、分家の長が雇い入れた術者たちの、最後の生き残り。』
「別系統の術者だと言うことですか?」
『そうだ、一族の血に連なっていないから、血縁相克にもならない。遠慮無く始末できた。
ただし、結界の中にいるのは間違いなく分家の術者。後はお前たちの仕事、心してあたれ。』
床に焼き付いていた男の影は見る間に薄れ、御影の気配も消えた。
遍さんの話の通りなら、この結界の中に御影は入れない。
何かの影に潜んで気配を消し、術者が結界から出るタイミングを待っていたのだろう。
結界の強固さから見て、かなりの力を持った術者だし、それなりの警戒もしていた筈。
なのに仕込み杖の刃を操作するだけで精一杯。文字通り一瞬の出来事だったということだ。

152 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:04:43 ID:OWZkMMAw0
 「残った術者はあと1人ということですね。Rさん、行きましょう。」
俺の左手を握る姫の右手に力がこもった。2人、施設の入り口に歩を進める。
自動ドアは反応しなかった。施設内の様子から見ても、おそらく自家発電装置は動いていない。
大きな自動ドアから少し離れた場所にある夜間出入り用のドア。
本来オートロックだろうが、それでは御影が始末した術者も不便だったろう。
ドアノブに手をかけて引くと、すんなりとドアは開いた。やはりオートロックに細工がしてある。
俺が先にドアをくぐり、姫が続く。問題なく結界の中に入った。
分家の血を引く者でなければ、この結界の中には入れない。
結界を張った術者は、当主様が姫を派遣するとは予想していなかったのだろう。
そして姫の他にも俺が、分家の血を引く術者がもう1人いるということも。
姫は迷うことなくロビーを抜け、先に立って非常階段に向かった。
まるで郊外のショッピングモールで買い物をする時のような、軽やかな足取り。
姫にはもう分かっている。最後の術者の居場所。
重なった意識を通して、俺にもその部屋が見えていた。3階、廊下の突き当たり。306号室。

153 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:05:44 ID:OWZkMMAw0
 「少し、焦げ臭いですね。」 「はい、火の気は無いみたいですが。」
その部屋のドアの前まで来ると、中の術者の気配が普通ではないことも分かった。
それは確固たる存在と言うよりも、ボンヤリとした雰囲気のような気配。
強い妄執に囚われていながら、人の形を保っていない。
生きた人間の気配がこんな風に拡散しているのを感じるのは初めてだ。
正直、不安もある。しかし、このドアを開けなければ仕事は始まらない。
1つ深呼吸をして、ドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。

 ドアを開けると同時に、激しい憎悪が漏れだしてきた。
かまわずドアをくぐる。始めに俺、次に姫。
黒い霧のような、靄のようなモノが部屋の奥に蟠り、視界を遮っている。
それは飛び回る無数の小さな虫。ショウジョウバエよりもずっと小さな、黒い虫の群れ。
その羽音が重なって、低い唸り声のように聞こえた。いや、これは。

『・・・すこしで、もう少しで、奴らを滅ぼすことができたのに・・・』
『・・・あの、霊剣を持った男さえ現れなければ、契約通り■◆は・・・』
『・・・の命と引き替えに、何としてもKの仇を、復讐を・・・』

 部屋の奥に蟠る生きた黒い靄の中に、呪詛の声が重なり合う。凝り固まった憎悪。
姫の眼を見る。姫は優しく微笑んで、しっかりと頷いた。よし、深呼吸。

154 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:10:06 ID:OWZkMMAw0
 『憎い敵の術者がこの部屋に入った事にも気付かないとは呆れたな。
闇に魂を侵食され、感覚までも奪われたか。』
沈黙。
その直後、黒い靄は凝縮し、部屋の奥の様子が見えた。
窓際に置かれたベッド。その上に横たわる人物は、
焦げた布の切れ端と夥しい数のガーゼで体中を覆われていた。
わずかに見える皮膚は、まるでミイラのように乾涸らびている。
点滴や栄養補給をしている様子はない。本当に、この状態で生きているのか?
凝縮した黒い靄は、横たわる人物の胸の上でゆらゆらと蠢いている。まるで黒い炎。そして。
人物の左手、紫色に変色した薬指だけが、乾涸らびることなく元の状態を保っていた。
間違いない。この人物こそ、最後の術者だ。

155 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:14:21 ID:OWZkMMAw0
 『本家の術者か。私を始末しに来たのだろう。さっさとやるが良い。
ただし、私たちの憎しみは消えることなく、いつか必ず本家を滅ぼす。忘れるな。』
部屋の中に低い声が響いた。術者の胸の上、黒い炎が発する声。
姫がベッドの脇に歩み寄る。俺も姫の横に立った。
『私はL、憶えているでしょう?あなたに聞きたいことがあって、此処に来ました。』
『L。あの時の、娘か...言って見ろ、今更隠すことなど何もない。』
『本家と分家の争い、先に手を出したのは分家の方です。
なのに何故、本家を恨み、滅ぼそうとするのですか?』
姫の声は強い言霊を宿していた。その言葉はきっと男の心に届いている筈だ。
『確かに、先に手を出したのは分家。しかし、そう仕向けたのは本家だ。
当主と『上』は卑劣な分断工作で分家を弱体化させ、滅ぼそうとした。
黙って滅びる選択肢などない。私たちは生き残るために、戦うしかなかった。』
姫は目を伏せて小さく溜息をついた。

156 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:16:42 ID:OWZkMMAw0
 『仲間から何を吹き込まれてきたのか知らないが、本家は分断工作などしていない。
お前たちのやり方や考え方に嫌気がさして分家を離脱した者を保護しただけだ。
それも本人が希望した場合だけ。力を持たない者の命を代償にして外法を使い、
力を持つ者を生み出すなんて、そんな考えが分家の全員に支持される訳がない。
だからお前たちは分家の中でも孤立した。その左手、薬指の契約にも耐えられたなら、
お前も相当な力を持っていた筈だ。だが、その力が誰かの命を代償にして
与えられたものだとしても、お前は何も感じないのか?』
『力を持つ者を生み出すためには、それなりの犠牲は必要。当然だろう。』
『だから親を殺して子供を拉致しても良い。拉致した子供に術を仕込んで代にしても良い。
随分と手前勝手な話だな。お前、誰に育てられた?両親の記憶はあるか?
お前自身が拉致された可能性もあるぞ、『あの人』が、Kがそうだったように。』
『Kが、拉致された?出鱈目を言うな。Kを殺したのは貴様たちだろう。
酷い拷問をして代の在処を聞き出し、そのあとで殺した。そんな奴らの言うことなど』

157 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:18:53 ID:OWZkMMAw0
 『黙れ。』
腹の底から湧き上がる激しい怒り、しかし俺の声は自分でも驚くほど冷たかった。
『あの人を生かしたまま捕らえるほどの力を持った術者が本家にいたなら、
お前たちはとうに殲滅されていた。それに、お前はあの人の最後を誰から聞いたんだ?
そいつはあの人が拷問され、殺されるのを黙って見届けた後、対策班の手を逃がれたのか?
幾ら何でも不自然過ぎる。良く考えろ、おかしいとは思わないのか?』
『じゃあ誰がKを。それにあの術の代は、絶対に見つからない方法で隠してあったのに。』
『あの人は外法を使う非を悟り、自ら代を持ち出してLさんの術を解いたんだ。
だからそれを知った仲間に襲われた。左胸に大きな深い傷があって、酷い出血だったよ。
間違いなく刃物傷。あれ程の力を持っていた人があんな傷を負うなんて。
どんな武器が使われたのか、心当たりが有るんじゃないのか?』
ふと、施設の入り口近くに落ちていた仕込み杖を思い出した。
その先端に仕込まれた鋭利な刃。あれなら、もしかして。
『貴様こそ、あの場所にはいなかった筈だ。何故、Kの最後を知ってる?』

158 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:21:04 ID:OWZkMMAw0
 男の声の調子が変わっていた。
俺の心に浮かんだ映像、あの人の胸の傷と仕込み杖。
間違いない。姫の力がそれらの映像を男の心に伝えた、だから。
『死の際に、あの人がRさんに会いに来たんです。本当に凄い術でした。
あの人はRさんを心から愛していたから、最後はRさんの腕の中で...
とても穏やかで美しい死顔。自分の不幸も、自分を不幸にした人も、全てを許して。』
あの人の最後の微笑み、一筋の涙。その映像も、この男の心に伝わっているだろう。
『...私は、騙されていた、という事か。』
『いいえ、あなたを騙していたのはあなた自身です。心の隅の疑問を、敢えて無視してた。
薄々は気付いていたのに、それを認めるのが怖かったから。』
『その通り、だな。物心付いてからずっと、本家は敵だと信じていた。憎んで、戦うだけの日々。
それは間違っていないと信じることしか、本家の人間を憎むことしか、私には出来なかった。
自分には生きている意味が無いと、認めたくなかった。
そうやって自分を誤魔化し続けて、挙げ句の果てはこの有り様。
自ら動くことも、死ぬことすらも出来ぬ、生ける屍。
Kに両親がいない、その記憶すらない。それも知っていた。もしその理由を調べていれば、
Kの拉致のことも分かった筈だし、Kには別の道を用意出来たかも知れない。
だが、怖かった。Kを失いたく無かった。本当に、私は馬鹿だった。』

159 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:22:33 ID:OWZkMMAw0
 そうか、この男はあの人を愛していたのだ。
だからこそ、対策班があの人を拷問して惨殺したという話の嘘を見抜けなかった。
そして、結局は自らの魂と引き替えに、何の救いもない計画を進めてしまった。
本家を、滅び行く自分たちの道連れにする。それが『復讐』だと信じて。
『生きる意味は、誰かに与えられるものじゃない。自分で見つけるものだ。
本家と分家の争いを完全に終わらせるために、俺たちは此処に来た。
当主様は外法を使っていない者の罪を問わず、望むなら本家への復帰を認めると仰ってる。
外法に手を染めた者で、残ったのはお前1人。その薬指、『不幸の輪廻』との通路を
封じることが出来れば全てが終わる。そのためにはお前の力が必要だ、分かるだろう?』
男の胸の上、黒い炎は薄れ、次第にその輪郭を失いつつあった。
『長く続いた争いを終わらせ、皆が一族に復帰する役に立つのなら、
私の命にも少しは意味があったということだ。』
男の乾涸らびた顔に表情は読み取れない。しかし、確かに男は笑っていた。
『まともに話を聞いてくれてホッとしたよ。俺たちの言葉が届くかどうか、正直自信が無かった。』
『『誰に育てられた?』と聞かれた時、お前の話を聞くべきだと分かった。
私は祖父母に育てられたが、父と母の記憶は全く無いんだ。』

160 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:24:14 ID:OWZkMMAw0
 祖父母に育てられたのなら、拉致、とは言えないかも知れない。
しかし、恐らくこの男も、長い争いの最中に生まれ、否応なく争いに巻き込まれた被害者。
『今更記憶を辿ろうとも思わないし、罪を逃れようとも思わない。全て、私自身の犯した罪。
有り難い御言葉と御心遣いに感謝すると、当主様に伝えて欲しい。
闇に侵食され、異形に成り果てた私の命で良いの、なら、喜んで...」
部屋の中に冷気が満ちていく。この感覚、迷わず短剣を抜いた。
男の左手、薬指が小さく震えている。何かが通路を使って。
『作り出した術者も、雇い入れた術者も、遂に滅びた。』
違う、先程までの声ではない。嗄れた、呟くような声。
『我が力と知恵の限りを尽くしてなお、一族の運命を変えることは出来なんだ。
しかも、我らが血に繋がる者が幕を引くとは皮肉な事よ。これも、あの女の、描いた筋書きか。
●明が遺言、しかと当主に伝えよ。術者を軽んずれば、早晩一族の命運は尽きる。忘れるな。』
これ以上、聞く必要は無い。一刻も早く通路を封じないと『不幸の輪廻』が。
男の左手を押さえ、薬指の付け根に短剣の刃をあてた。力を込める、硬く乾いた感触。
切り離された薬指は炎に包まれ、灰も残さずに燃え尽きた。

161 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:26:08 ID:OWZkMMAw0
 「Rさん、少し離れて下さい。」 姫が俺の真横に立っていた。3歩下がって距離を取る。
金具に皮紐を通して胸にかけた宝玉を姫は両手で捧げ持った。額の前、右掌の上に宝玉。
『青き・・・の・・・・て恵み給え、降らせ・・・清らなる・・・・祓い・・・』
宝玉の色が透き通った深い青に変わった。ボンヤリとした光を放っている。
そして。
ポツリ。水滴が俺の肩に落ちた。部屋の中に、無数の水滴が降り注ぐ。
雨、だ。
コンクリートの天井で空から仕切られている部屋の中に、雨が、降っている。
「Rさん、濡れますよ。一旦部屋の外へ。」
姫に促されるまま、開けたままのドアを2人でくぐった。廊下には雨が降っていない。
振り向くと、部屋は不思議な明るさに満たされ、雨は勢いを増していた。
これは、まるで天泣。屋根の下に降る天気雨。

162 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:27:14 ID:OWZkMMAw0
 ふと見ると、男の体の厚みが半分程になっていた。
雨が降り続くにつれ、その厚みはさらに減っていく。
そして、着物の燃え残りやガーゼの色が白く変わっていくのが、遠くから見ていても判る。
どのくらい降り続いただろうか。既に床を濡らした水は部屋の外にも流れ出してきていた。
突然、姫の胸で青く輝いていた宝玉が元の黒に戻った。雨は急激に勢いを弱めていく。
「Rさん、行きましょう。」 「はい。」 もう一度部屋の中に入り、ベッドに歩み寄った。
男の体は跡形もなく消えていた。
ベッドの上に残るガーゼや着物の切れ端は漂白されたように真っ白だ。
穢れを祓い、憎しみと哀しみを清らかな水に流す。それがこの宝玉の力。
そして分家の血に繋がる俺と姫がこの役目を担ったことで、遠い約束が果たされる。
つまり、もう分家は存在しない。

163 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:28:07 ID:OWZkMMAw0
 「Rさん、これ。Sさんに教えて貰った通りです。」
姫の指さしたガーゼが微かに動いていた。
そっとガーゼをめくる。 奇麗な、青い金魚。これは。
『もしもその魂が完全に侵食されているなら、相手の肉体は塵一つ残さず消滅する。
でも、もし侵食されていない部分があれば、宝玉はそれを水に関わる生物に再構成するの。』
青の宝玉の力と、その使い方を教えてくれた時、Sさんは俺たちにそう言った。
不思議な雨が降った後に残されたのは、可憐な青い金魚。つまり、そういうことだ。
姫は濡れたガーゼで金魚をそっと包み、ポケットから取り出した小さなビニール袋に入れた。
「これでお終いです。車に戻りましょう。早くペットボトルに移してあげないと。」
「お屋敷に戻る前に、小さな水槽を買わなきゃいけませんね。」

164 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:29:19 ID:OWZkMMAw0
 数日後。俺と姫はある場所を訪ねた。こぢんまりとした日本家屋。
俺たちを迎えてくれたのは、かなり高齢の老人。その男性が何歳なのか、見当も付かない。
「良く来て下さった。この日が来るのを、それこそ一日千秋の思いで待っていたのです。」
柔らかな声。老人が淹れてくれたお茶から、良い香りが漂っていた。
「あなたは、私たちと、それからKさんにも縁のある方だと、当主様から伺ったのですが。」
「はい。あなたがRさん、そしてこちらのお嬢さんがLさんですね。
私にとってRさんは曾姪孫、LさんとKさんは曾孫ということになります。」
では、この老人は姫とあの人の曾祖父。だが俺にとっては。
「曾孫はひまごのことですね。でも曾姪孫という言葉は初めて聞きました。」
「Rさんの曾祖母は私の姉です。父の指示で、私は家の中から、姉は家の外から、
外法に手を染めた者たちを孤立させるために活動していました。ただ私たちの力が及ばず、
LさんとKさんには辛い思いをさせてしまい、本当に申し訳なく思っています。
特にKさんには何と...」 老人の目に涙が浮かんでいた。
「何故、外法を使おうという意見が通り、一族から離脱することになったのでしょうか?
それがなければ、このように長く無益な争いは避けられた筈なのに。」
姫の口調は穏やかだったが、その声から深い悲しみが伝わってくる。
この争いが姫から父親を、そして10年以上の子供らしい日常を奪った。
『何故?』という問いは、姫の心の奥底から発せられたものだったろう。

165 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:30:54 ID:OWZkMMAw0
 「一族からの離脱を決めたのは当時の長、私の叔父です。名は●明。」
●明、その名はあの時の。つまりあの声の主は分家を離脱させた男。
「一族の中でも一二を争う力を持った術者でしたが、偏狭な考えの男でした。
一族の意志を決める時には、術者の意見を最大限に重視すべきだと考えていましたから、
当主様とも、『上』とも意見が度々衝突し、年を取るにつれますます頑迷になりました。
また、あの男は離脱の数年前から一族以外の系統から強力な術者を呼び集め、
自分に対して反旗を翻す者が出てこないような、一種の恐怖政治の体制を築いていたのです。
取り敢えず●明の決定に従って一族を離れ、その死後に家系の方針を変えて一族に復帰する。
それが嫌なら、身一つで家系を離れ、経済的な基盤のほとんど無い状態で生きていく。
当時の私たちに残された道は、その2つだけでした。」
「では先々代の当主様と復帰の約束をしたというのは。」
「私の父です。●明の死後、父は様々な手段を講じて家系の方針を変えていきました。
長い時間がかかりましたが、外法に手を染めた者たちを孤立させることに成功しました。
本当に、あと一息という所だったんです。Kさんが拉致されたのは。」
老人は言葉を切り、深く溜息をついた。
「追い詰められれば反撃に出るかも知れない。それは予想していました。
しかしまさか同じ家系の者に手をかけて、力を持つ子を拉致するなどとは...。
Kさんの奪回を何度か試みましたが、いずれも失敗。
私たちは数人の術者を失い、大きな犠牲を払う結果になりました。
その後は同じような事が起こらぬよう、残った者たちの身を護るのが精一杯で。」
老人の言葉には、深い後悔と悲しみが込められていた。

166 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:31:47 ID:OWZkMMAw0
 「今にして思えば、娘夫婦と相談をして孫を、
つまりLさんの母を当主様に託して本当に良かったと思います。
あれ程の力を持った子を奴らに奪われたとしたら、
この家系だけでなく、一族全体の運命を危うくすることになったのは間違いありません。」
まさにここ。俺がどうしても答えを得られなかった疑問が、これだ。
「あの」「でも」 俺と姫の声が全く同じタイミングで重なった。
姫が俺を見つめている。穏やかな笑顔、なら、これは俺の役目。
「はい、何でしょう?」 老人も俺を見つめていた。

167 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:34:00 ID:OWZkMMAw0
 「それ程の力を持った子供を、どうして分家は手放したんでしょうか?
分家から離れるだけならまだしも、本家の、しかも当主様に託すなんて。
分家の長が、それを黙って見過ごすとは、とても思えないのですが。」
「特に、問題にはなりませんでした。あの子は、鬼子だと思われていましたから。」
「鬼子?」 「そう、鬼子です。」 「それは、どういう、事でしょうか?」
「生まれつき、あの子の体には鱗がありました。右肩から背中、左腰から左の太腿にかけて。
母親の胎内で、重すぎる業の影響を受けると、体の一部が異形に変化した赤子が生まれる。
それが鬼子です。稀に、そういうことが起こることは知られていました。
大抵は業の重さに耐えられず、2歳になる前に亡くなる。それを避けるためには、
『分業』の術が必要です。業の一部を別人に分ける、極めて高度な術。
当時その術が使えるのは当主様と桃花の方様、そして●明の3人だけでしたから、
娘夫婦はその術を●明に依頼しました。
業を引き受ける訳ですから、引き受け手は術者でなければなりません。
娘夫婦は自分たちのどちらかで業を引き受けるつもりだったのです。
しかし、『分業』の術は成功率が低い上、業を引き受けた術者が無事に済む保証もありません。
当然●明はそれを断りました。鬼子を助けるために術者の命を犠牲には出来ないと。」
Sさんから聞いた話では、姫の母親は少なくとも21歳までは存命だった筈だ。
「Lさんの母上は、鬼子ではなかった。そういう、ことですね?」
「はい、鬼子の伝承とは異なり、あの子には一向に衰弱する様子が無かったんです。
それどころか、成長は、特に精神的な成長は眼を見張る程でした。
一歳になる頃には母親が歌って聞かせていた童謡を全て諳んじており、
二歳になる少し前には、既に、短い祝詞を幾つか詠唱することが出来ました。」
「諳んじたのではなく、詠唱出来たのですか?たった2歳で。本当に?」

168 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:35:24 ID:OWZkMMAw0
 姫が驚くのも無理は無い。本当に詠唱したというなら、その祝詞の効力を。
「はい。不用意に祝詞を詠唱するような子では無かったので問題は起こりませんでしたが。
それで私と娘夫婦は話し合い、あの子は鬼子ではないという結論に達したんです。
おそらく、自らその体の一部を異形に変えて、幼子の体には強すぎる力に耐えているのだと。
そんな伝承は聞いたこともない、しかし他には説明の方法が有りませんでした。
そして、その考えが正しければ、成長につれてあの子の力はますます強くなる。」
もし、そんな力を持っていることを分家の長に知られたら。だから姫の母親を当主様に。
「そこで、私は一計を案じました。●明の取り巻きの術者、その一人を通じて願い出たのです。
『鬼子である孫を本家の当主に託すことを許して欲しい』と。」
「でも、それが簡単に許されるなんて。」
「●明は『分業』の術を断った。それを利用したんです。
『娘夫婦は『分業』の術を断られたことをやはり恨んでいる。
どのみち助からぬ命なら、娘夫婦の願いを叶えることでその恨みを逸らせる。』

169 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:36:59 ID:OWZkMMAw0
 『もし当主が引き受けなければ恨みの対象が当主に上書きされる。
引き受けたとしても術の成功率は低い。失敗すればやはり恨みは当主に向かう。
最悪、術が成功しても、鬼子が普通の子に戻るだけ。痛くも痒くも無い。』
そう、取り巻きの術者に吹き込んでおきました。案の定、あっさり許可が降りましたよ。
もちろん●明があの子の状態を確認したいと言えば、最悪の事態になったでしょうね。
でも、そうはならないという確信が私にはありました。」
「それは何故、ですか?」
「●明は力を持たぬ普通の人間を蔑んでいました。
まして鬼子を気に掛ける事など、有るはずが無い。
あの男にとって、鬼子は普通の人間にすらなり損ねた、何の価値もない存在なのですから。」
老人は冷たい微笑みを浮かべた。その裏にあったのは皮肉ではなく、哀しみであったろう。
「あの子を当主様に託して3年後、私たちにもある噂が伝わってきました。
『本家に途方もない力を持つ術者が現れた。
それは僅か5歳の女の子で、しかも本家の当主が何処からか引き取った子。』と。」
「そんな噂が流れたら、貴方たちにも追及の手が。」
「いいえ、それは全く有りませんでした。●明はとても自尊心の強い男です。
私や娘夫婦を咎めれば、自分の失敗を認める事になる。それは許せない。
だから結局最後まで、私や娘夫婦には、嫌味の一つも言いませんでした。
勿論内心では怒り狂っていたと思いますし、それが結局はKさんやLさんの拉致に繋がった。
本当に申し訳有りませんが、あの時私たちには、それ以外の選択肢が無かったのです。

170 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:38:03 ID:OWZkMMAw0
 「それなら私の、お祖父様とお祖母様にも、お会いできるのでしょうか?」
老人は暫く姫を見つめ、それから眼を閉じた。ゆっくりと首を振る。
「娘夫婦は、Kさんを奪回しようとして犠牲になりました。
しかし娘夫婦には、きっと思い残すことは無かったと思います。
結果的には、あの時の選択がLさんと、そして一族への復帰に繋がったのですから。」
姫とあの人は又従姉妹、それなら2人が良く似ていたのは当然かも知れない。
あの人も、そして姫も、外法を使う者達にとって是非手に入れたい存在だった筈。
2人は拉致され、あの人の奪回は失敗したが、姫の奪回は成功した。
そして、あの人を奪回しようとして姫の祖父母は命を落とした。
因縁、といえばそれまでだが、何と過酷で不思議な運命なのだろう。
そして俺は、俺の曾祖母は。

171 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:38:50 ID:OWZkMMAw0
 「私の曾祖母は家を出て活動していたと仰いましたね。」
「はい、姉は父の知人の養女になり、同じように家系から離れた者たちを支援していました。
彼女の頑張りがなければ路頭に迷う者が少なくなかったでしょう。
父の顧客でもあった彼女の養父は裕福でしたが、それだけで出来ることではありません。
彼女は本当に良くやってくれたと思います。亡くなる数年前までは連絡を取っていましたよ。
彼女が体調を崩して入院してからは、それも難しくなってしまいましたけれど。」
曾祖母は早々に家を離れた、遍さんからそう聞いて以来、正直俺は負い目を感じていた。
しかし、曾祖母も必死に自分の役割を果たしていたのだ。いつか一族へ復帰するために。
今更のように、俺たちの近しい親族が辿った運命の数奇さを思う。
一族全体が時代の変化を乗り越えるためには、どうしても避け得ない争いだったのか。
争いが終わったことで、一族が再びまとまって新しい時代に向かうことができるなら、
この争いで犠牲になった数多の命も無駄ではなかったということだ。
そして、俺と姫の体の中には、犠牲になった人々と同じ血が流れている。
「その通りですよ。Rさん。」 え?今、俺は。そうか、この老人も。

172 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:41:33 ID:OWZkMMAw0
 「RさんとLさんは、私たちに残された希望です。
当主様の御慈悲によって、私たちの家系は一族への復帰を許されました。
これからは家を離れていた者たちも少しずつ戻ってくるでしょう。
しかし有力な術者の多くは世を去り、私たちの家系は以前の力を失いました。
もう、以前のような力を持つことはないかも知れません。でも、それで良いんです。
RさんとLさん、これ程優れた術者を生み出したのは、この家系の血。
それは間違いのない事実ですし、この家系の誉れとなるでしょう。
さて、話が長くなりましたが、私たちの家系が辿ってきた道はご理解頂けたと思います。
こんな、お願いが出来る立場でないのは重々承知していますが、
出来れば、これからも時々は、この年寄りに御二人のお顔を見せては頂けないでしょうか?」
姫は立ち上がり、ふわりとテーブルを回り込んだ。床に膝を付き、両手を老人の右手に添える。
「曾御祖父さま、今度は私とRさんの結婚記念に撮った写真を持って来て差し上げます。
その時は、お体に障らない範囲で、母や父、御祖父様や御祖母様の事、お聞かせ下さいね。」
「はい。はい、喜んで...」
南中の太陽を避けて鳴き止んでいたセミが、傾いた日差しの中、再び鳴き始めていた。

173 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:44:40 ID:OWZkMMAw0
 「それで、あなたはどう思ったの?何だか納得してないみたい。」
就寝前の一時、ソファで他愛もない話をしている内、何となくその話題になった。
Sさんは俺の左肩に頭を預けたまま、俺の左手に両手の指を絡めている。
『姫の母親は鬼子だと思われていたために、
すんなりと分家を離れて当主様にその身を託すことが出来た。』あの時老人はそう言った。
しかし、本当に鬼子は存在するのか。あるいは存在したことがあるのか。
強すぎる業の影響で体の一部が異形に変化して生まれた赤子、とても信じられない。
「納得していないというか、体の一部が異形に変化した赤子というのがちょっと。
その、例えば鱗だったら遺伝子異常が原因の先天的な症状かも知れないですよね?」
「そういう症状があるのも間違いないけれど。論より証拠ね、ちょっと待ってて。」
Sさんは立ち上がって机に向かった。一番下の引き出しを開けて何かを探している。
「はい、これよ。開けてみて。」
戻ってきたSさんが差し出したのは白木の小さな箱。一辺が5cmほどの立方体。
そっと蓋を取る。箱の底には濃紺の布、そしてその布の上に。これは。
鱗だ。真っ白な鱗がざっと十数枚。大きさは俺の親指の爪くらい。
真珠のような白地、微かに螺鈿のような虹色の光が見える。
形は菱形に近い。中央の筋状に盛り上がっている部分は結構尖っている。

174 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:45:59 ID:OWZkMMAw0
 「あの、これ触っても?」 「もちろん、どうぞ。」
鱗を一枚摘んでみる。魚の鱗とは全く違う。何よりもその質感。
かなり厚みがあり、硬く丈夫そうだ。灯りにかざすと光がボンヤリと透けて見える。
こんな鱗は見たことがない。ヘビやワニの鱗なら、こんな風に一枚ずつ分離しないだろう。
もちろん皮膚の異常によって生じたものとは到底思えない。これは、間違いなく鱗、だ。
「Sさん、もしかしてこれは。」
「ご名答、Lの母親の体から最後にはがれた鱗。彼女から譲り受けたの。」
「最後にはがれたって、それはどういう?」
「彼女から直接聞いた話よ。少し残念そうに話してくれたのを良く憶えてる。
鱗が初めてはがれたのは、彼女が引き取られて2年後。だから、4歳になった頃ね。
左太腿にあった鱗の一部がはがれて、はがれた痕はすぐに周りの皮膚と変わらなくなった。」
先天的な遺伝子の異常によるものなら、成長につれて症状が劇的に軽くなることはないだろう。
つまり、成長して体の抵抗力が強くなったから、異形に変化していた部分が
元に戻っていったということだろうか。それなら、本当に業の影響を受けて体の一部が。
「その後も彼女の成長につれて少しずつ鱗ははがれた。太腿から背中、そして肩へと。
彼女は鱗を嫌なものだと感じていなかったし、むしろ綺麗な鱗がはがれたのを残念がって、
はがれた鱗を大切に取ってあったの。これはその中の一部。12歳の誕生日前には、
一枚残らず鱗ははがれた。その時に起こった不思議なことも、彼女は教えてくれたわ。」
「不思議なことって?」 「話を聞くより、実際に感じた方が納得出来るでしょ?」

175 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:47:37 ID:OWZkMMAw0
 Sさんは左手の甲に鱗を二列にして並べた。まるで奇抜なアクセサリーのようだ。
「じゃ、右手をこっちに。目を閉じて、良いというまで開けちゃ駄目よ。」 「はい。」
Sさんの右手が俺の手首を取る。やがて指先が硬いものに触れた。
乾いた、さらさらした感触。この感覚は以前何処かで...あれは、何処だったろう。
「眼を開けて、どうだった?」 「この鱗、前にも一度触ったことがあるような気がします。」
「最後の鱗がはがれたのは彼女がお風呂に入っている時。
湯船の底から鱗を拾い集めていたら、彼女のすぐ前に龍が現れた。
白い、小さな龍。あなたも触ったことがある、あの龍。」
そうだ、あの時。以前、Sさんの術で俺は小さな白い龍を見て、そしてその鱗に触れた。
大きさはまるで違うが、この鱗はあの龍と関わりがあるものなのか。
「詳しくは話してくれなかったけれど、彼女はその龍と意志の疎通が出来たみたい。
彼女の鱗が全てはがれて一年後、龍はある領域で眠りについた。
私はこの鱗を譲り受けたから、これを媒にしてその領域と此処を一時的に繋ぐことが出来る。
でも、それだけ。意志の疎通も出来ないし、龍を起こしてその力を借りることもできない。」
「生まれながらにということなら、式とは違いますよね。護り神、なんですか?」
「式とは違うわね。龍が護り神として彼女の体に入り込んでいた可能性は有る。
他にも色々な解釈が出来るけれど、正解は彼女とあの龍しか知らない。
一族の歴史の中で、こんな事例は他に1つも記録に残っていないから。」
「これを、母親の形見としてLさんに渡していないのは何故ですか?」
姫がこの鱗に関わる話を知っていたなら、既に俺には話してくれていた筈だ。
「未だ迷ってるの。あの時私は、Lに渡す時までこれを預かるのだと思ったわ。
『いつかこれをLに渡して。』と言われると思ったのに、そうじゃなかった。
ただ『これをSにあげる。ずっと持ってて。』そう、言っただけ。その意味を、ずっと考えてる。」

176 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:48:31 ID:OWZkMMAw0
 Sさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「ねぇ、あなたが答えを教えてくれない?」 「へ?どうして僕が。」
「あなたが赤の宝玉を身につけて」 「駄目です、絶対に。」 「ケチ。」

『邂逅(下)』 了

177 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:49:34 ID:OWZkMMAw0
『邂逅(結)』

 大きく開いた窓から吹き込む風に、未だ昼間の熱気が残っている。
Sさんと姫はダイニングで夕食の準備。翠と藍の子守が、今日の俺の当番。
子守と言っても特に面倒はない。藍は寝ているし、翠は1人遊びの達人。
俺はただリビングで2人の様子を見ながら本を読んでいれば良い。

178 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:50:58 ID:OWZkMMAw0
 「ねえ、おとうさん。」
じっと水槽の中を覗き込んでいた翠が突然振り向いた。
「どうかした?」
「きんちゃんは、どうしてときどきしゃべるの?きんぎょなのに。」
「え?」 きんちゃんは、あの日姫と2人で持ち帰った金魚の名前。
当初Sさんは『名前は付けない方が良い』と言っていたのだが、
いつのまにか翠がそう呼ぶようになった。
他の呼び方を思いつかないまま、今はすっかりその名前が定着してしまった訳だ。
「きんちゃんが、喋るって?ホントに?」 慌てて本を置き、翠の隣りに立つ。
「うん、ときどきだけど、しゃべるよ。」 翠はいたって普通の、真面目な顔だ。
「何を、喋ってるか分かる?例えば翠にご挨拶とか?」
この年頃の子供なら、金魚を擬人化し、会話をしている気になるのも珍しくはないだろう。
「しゃべるときは、いつもはじめに『K』っていうの。だれかのなまえかな?」
ざわ、と、首筋の毛が逆立った。 「『K』って...」 
「おとうさんが、しってるなまえ?」
「ええと、同じ名前の人を知ってるけど。でもその人は、そう、大人だから。」
「じゃあ、きんちゃんはみどりとだれかをまちがってあやまるんだね。」
「翠に、謝るの?きんちゃんは。」
「うん。『わたしはばかだった、ゆるしてくれ。』って。しゃべるのは、それと『K』だけ。
でも、どうしてあやまるのかな?ふしぎだよね。」
そっと翠を抱き上げた。軽い体、温もり。小さいけれど、確かな、命の感触。
翠を抱いたままソファに戻る。腰を下ろし、翠を隣りに座らせて小さな肩を抱いた。

179 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:52:00 ID:OWZkMMAw0
 「翠は『生まれ変わり』って知ってる?」
「しってる。しんだひとのたましいが、べつのひとになってうまれてくるんでしょ?」
「そう。でもね、人の魂が必ず人に生まれ変わるって決まってる訳じゃ無いみたいだよ。」
「どういうこと?」
「とても悲しい思いをした人やすごく辛い思いをした人の魂は、
他の生き物に生まれ変わることもあるんだって。
あんまり悲しかったり、辛かったりすると『もう人間は嫌だ。』って思うのかもしれないね。」
「じゃあ、きんちゃんはとてもかなしいおもいをしたから、きんぎょにうまれかわったんだね。
あやまるのは、そのとき『K』というひとにもかなしいおもいをさせたから?」
「絶対にそうだとは言えないよ。でも、自分だけじゃなく、他の誰かにも悲しい思いを
させてしまったのなら、どうにかして謝りたいと思うんじゃないかな。」
「おとうさん、みどりは、みどりはどうしたらいい?ひとちがいだから、こたえちゃだめ?」
もう一度翠を抱き上げ、頬ずりをして、その髪を撫でた。まっすぐに俺を見つめる、澄んだ瞳。

180 ◆iF1EyBLnoU:2014/04/19(土) 11:53:43 ID:OWZkMMAw0
 「翠はどうしたいの?」
「きんちゃんが、かなしくないように、したい。かなしいままなのは、いやだから。」
「きんちゃんは翠を『K』という人だと信じてるんだよね?」 「うん。」
「それなら、お父さんは、答えてあげても良いと思う。」 「なんて、こたえたらいいかな?」
「今、翠は悲しくて辛い?それとも幸せ?」
「しあわせだよ。かなしくないし、つらくないし、みんなみ〜んなだいすきだから。」
「じゃあ、そのまま答えれば良いよ。 『私は今、幸せです。安心して下さい。』って。」
「わかった。おとうさん、おろして。また、しゃべるかもしれないから、きんちゃんのことみてる。
『わたしはいま、しあわせです。あんしんしてください。』だいじょうぶ。もう、おぼえた。」

 百合の花の香り。振り向くと、すぐ後ろにSさんが立っていた。
「勝手な事をして御免なさい。でも、僕は」
Sさんは人差し指で俺の唇を押さえ、ゆっくり首を振った。
「ご名答。多分これ以上正しい答えはない。ありがとう。」
出来上がった夕食の良い匂い。Sさんは優しく声をかけた。
「翠、夕ご飯よ。こっちへいらっしゃい。」

『邂逅』 完

181名無しさん:2014/04/19(土) 16:52:22 ID:NfBVAaxI0
投稿お疲れ様です
匿名掲示板だから色んな意見あって当然だと思いますよ
誰だって自分に向けられる罵詈雑言は嫌です。
文学賞獲った作品でもボロクソに叩かれるのが当たり前
あまり気にしなさんな
楽しんでる人が多くいることをお忘れずに
再開してくれて嬉しいです

182名無しさん:2014/04/19(土) 18:44:22 ID:kIUF3Gx.0
やっぱり面白いですね。楽しく読ませてもらいました
新しい話も期待してます

183:2014/04/19(土) 22:14:00 ID:u7rPGoSU0
こんばんは、藍さん。
色々な心無い批判にさらされたにも関わらず、投稿してくださって、本っ当にありがとうございました。
今後とも、何卒よしなにお願い致します。

184名無しさん:2014/04/19(土) 23:18:51 ID:2oFQHqBgO
再開に、物語に、涙が出ました。
本当に、ありがとうございました。
いろんな意味で、新しい章が始まるのではないかと思います。読むに耐えない言葉を書き込む人たちを非難する気持ちも、すべて消えました。
感謝しています。

187浩太郎:2014/04/21(月) 12:47:09 ID:0xdrSWyQ0
藍さん 知人さん、弟さん 物語の再開 ありがとうございます。

いつものことながら 文章を読む楽しさ・心地よさを味わいながら読ませて頂きました。

荒らし(最近Lineグループでも流行っているみたいです)まがいの様々な発言は発言
として 発表を心待ちにしている方も多いはず。
一読者として、物語の継続を希望して止みません

周囲の意見に惑わされず、藍さん・知人さん・弟さんの心の赴くままに投稿して頂ければと思います。

191名無しさん:2014/04/26(土) 14:46:41 ID:FahMxYagO
これまでの物語を読み返しながら、ファンはいつまでも待っています。
これで終わりになろうと、次がいつになろうと、この掲示板に来て、この物語に出会えて、本当に良かったです。

192名無しさん:2014/04/26(土) 19:09:37 ID:fhVtiGkE0
万が一のためにまとめの作品を保存しようと思ったんだよ。
でもダメだ、途中でつい読んじゃうから全然すすまねえ〜。
今『約束』読み終わったところ。『約束』やっぱ良いね。
でも、このペースだと連休全部使っても保存が終わらんぞ。

193名無しさん:2014/04/26(土) 22:05:19 ID:1o2DhCUE0
お前は俺か?
『約束』は何とか通過したが、『遺産』と『名残雪』で渋滞が始まって
今『道標』。もう良いや、続きは読み終わってからで。

194名無しさん:2014/05/01(木) 21:59:45 ID:az1RA0u60
『邂逅』も全部まとめられたね。管理人様に心から感謝です。
まとめでしか読まない人も万歳だし、あとはゆったり新作を待つだけ。
色々あったけど、ここはやっぱり良い所だと思う。

195名無しさん:2014/05/14(水) 21:54:13 ID:2yfEXdNE0
藍してる
なんつって

196名無しさん:2014/05/16(金) 19:09:26 ID:nvzK7Ct.O
これで完結したようだけど、新作あるのかな…

197名無しさん:2014/05/26(月) 20:53:55 ID:79LDUV9I0
初めて書き込みさせて頂きます。

毎回とても楽しく拝読させて頂いております。

藍さま、知人さま他ご関係の皆様有り難うございます。

今回の『邂逅』で第一部が一応の終わりを見た様に感じております。

次回作(第二部)があるのかは存じませんが、まだまだ5人と一族の皆様のお話の続きを拝読したいと思う気持ちを禁じ得ません。

ファンの皆様同じ気持ちだと思っております。

いつの日か新作を拝読させて頂ける機会を楽しみにお待ち申し上げます。

198名無しさん:2014/05/27(火) 09:55:42 ID:BSvmmGEY0
一月以上経つのに粗大ゴミ粗大ゴミ罵ってた子の反応もないんだねぇ

199 ◆iF1EyBLnoU:2014/05/27(火) 22:27:56 ID:Mowdp9xY0
皆様今晩は、藍です。

>>194
>>195
>>196
>>197
ご期待頂き感謝いたします。
只今、新作の準備中です。まだ題名も未定ですが、
週末辺りに(上)を投稿できればと思っております。
もう暫く、お待ち下さい。

>>198
素人の作品ですから罵られても仕方有りません。
お気遣い頂き、感謝致します。

200名無しさん:2014/05/30(金) 06:57:05 ID:qf0439aU0
藍さん、ありがとうございます。もう、投稿されないと思ってました。新しいお話を、また聞かせていただけること、心から感謝致します。

201名無しさん:2014/05/31(土) 11:12:36 ID:bO/l/ukQO
心の底からうれしいです。大変楽しみにしています。

202名無しさん:2014/06/01(日) 13:28:39 ID:Cn6It1T60
藍さま

新作の情報有り難うございます!!

物語の続きがある事が純粋に嬉しいです!!

心より楽しみにしております!!

203 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:29:50 ID:cBimMlnE0
テスト中。

204 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:30:31 ID:cBimMlnE0
皆様今晩は。藍です。
新作『贐』、投稿致します。まずは(上)を。
お楽しみ頂ければ良いのですが。

205 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:32:16 ID:cBimMlnE0
『贐(上)』

 「はい、これが新規の患者さんのカルテ。宜しくね。」
碧さんは俺の机に数枚のカルテを置いてにっこり笑った。
姫と同じくらいの長身でクッキリした目鼻立ちの美人。看護師の制服が実によく似合う。
しかも病院では何故か素通しの眼鏡をかけている。全て俺の理想通り、まさに白衣の天使。
「毎回こんなに新規の患者さんがいるなら、このクリニックは大繁盛ですね。」
「そりゃ腕の良い先生と美形の言霊使い、最高の二枚看板だもの。
特に宣伝もしてないけど、口コミで良い評判が広まってるみたい。」
「言霊使いって公言してる訳じゃないし、今まで大した仕事もしてません。
どう考えても二枚看板って言葉はおかしいですよ。」
「変な所で細かいんだから、その点暁は」
「暁君が大雑把な碧さんに細か〜く気を遣ってるんですよ。
それと、仕事中にお惚気は止めて下さい。不謹慎です。」
「折角Sから情報仕入れて眼鏡かけてあげてるのに、嫌な奴〜。」
「情報って、ちょっと、碧さん。」 「残念、今仕事中ですから。」 ドアが、閉じた。
もしかしてSさんが手に入れてくれた白衣は碧さん経由...少し、目眩がした。

206 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:34:06 ID:cBimMlnE0
 一族の人が経営している心療内科。
俺は『上』の委託を受けて、月に2度、新規の患者さんのカルテをチェックしている。
いわゆる霊障の事例があれば協力するためだ。俺の力で解決出来ればそうするし、
手に負えない場合はSさんに繋いで、必要なら『上』に指示を仰ぐという段取り。
一族の人が経営している病院には、担当の術者を配置することが増えているらしい。
もちろん生命や魂の操作は禁呪だが、霊障が原因なら術を使って病を治癒出来るからだ。
病を治せない場合でも、必要なら患者さんやその家族をメンタル面でサポート出来る。
結果的に病院の評判は良くなり、担当の術者がいる病院はどれもかなり業績が良い。
時代に対応した一族のあり方、その成功例として『上』もこの事業に力を入れていると聞いた。
俺が担当しているクリニックは今年の5月に開業し、碧さんもそこで勤務している。
もちろん碧さんは『本物』の看護師。
お屋敷から比較的近いのと、碧さんの推薦があって俺が担当に指名された訳だ。
俺の適性は『言の葉』。心療内科なら協力出来ることもあるかも知れないと思って引き受けた。
しかし幽霊すらあんまり見かけないのに、霊障の事例がゴロゴロ転がっている筈が無い。
あたりまえといえばあたりまえだが、これまで霊障の事例に遭遇したことはなかった。
家族と一緒に来院したものの、頑なに心を閉ざした高齢者や子供との雑談で信頼を得て、
医師のカウンセリングに繋ぐくらいがせいぜい。そう、前回までは。

207 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:35:58 ID:cBimMlnE0
 最後のカルテを手に取った時、寒気がした。これは、マズい。
○村美枝子、34歳。カルテを通して気配が伝わってくる。
俺はカルテの束を持って部屋を出た。直ぐに碧さんに知らせなければ。
受付のドアを開け、碧さんに声を掛けようとした時。
玄関に面した窓から女性の姿が見えた。女性の姿に重なる気配。そして、血の臭い。
間違いない、あれがカルテの女性だ。
未だ事情が全く分からない。念のために『鍵』を掛ける。
「R君、どうしたの?」
俺は玄関に背を向ける位置に回り込み、唇に人差し指を当てた。声を潜める。
「このカルテの患者さん、今玄関にいる人ですよね?」
「そうだけど...もしかして。」
「かなり深刻なケースです。前回はカウンセリングを?」
「いいえ、私が大体の事情を聞いて、担当医を選んでもらって。
それで今日の日付を設定しただけ。カウンセリングは今日から。」
「受付が済んだら、カウンセリング室への案内を僕に指示して下さい。」
『了解。』

208 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:37:35 ID:cBimMlnE0
 その女性のカウンセリングが終わった後、碧さん同席で担当のA先生から話を聞いた。
A先生は碧さんの叔父にあたる人で、恰幅の良い大柄な体と穏やかな笑顔が印象的だ。
「簡単に言うと、自分の生き霊が娘を傷つけているのではという不安があるという事だった。」
「傷つけるというのは精神的な意味だけではありませんよね?」 あの時、確かに血の臭いが。
A医師は暫く俺の眼を見つめ、やがて溜息をついた。
「これが『力』か。驚いたよ。疑っていた訳ではないが、術者と仕事をするのは初めてなのでね。
そう、君の言う通りだ。これまでに3度、娘さんが原因不明の怪我をしてると言ってた。」
「原因不明というのは?」
「怪我をした時の状況を何故か娘さんが憶えていない。しかも段々と傷が深くなる。
一番最近では太腿にかなり深い傷を負って、家の近くで倒れていたそうだ。未だ入院中らしい。
こういうケースだと我々は偶然の事故や事件をもとにして
患者の自己憐憫が生み出した妄想を疑うんだが、君の意見は違うようだね。」
「自己憐憫はあるかも知れませんが、娘さんの怪我の原因が不明なのが気になります。
女の子が大怪我をして家の近くで倒れていたとしたら立派な刑事事件。
間違いなく警察に事情を聞かれた筈ですから、今も監視なしに行動できるとしたら、
彼女には完全なアリバイがあると言うことでしょう。」
「R君。じゃあ彼女の言う通り、生き霊の仕業ってこと?」
「生き霊に似ていますが、厳密には違います。
それに、とても深刻で、場合によってはSさんの力が必要かもしれません。
だから、今度来院する時、その女性と話をさせて下さい。」
「分かった。この件は君に任せよう。碧、R君に力を貸してくれるね。」

209 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:40:03 ID:cBimMlnE0
 次の木曜日、その女性が来院したのは予約の時刻5分前。
二言三言、女性と言葉を交わした後で碧さんは振り向いた。眼鏡に左手で軽く触れる。
「R君、予約のお客様よ。カウンセリング室へ御案内して。」
ちょっと冷たい感じの仕草と台詞が実に絵になる。
まさにはまり役(本物の看護師だから『はまり役』という言葉はおかしいが)だ。
「はい。」俺は受付を出て女性を出迎えた。血の、臭い。
「カウンセリング室に御案内します。どうぞ。」 軽く一礼。
二度目だからか、女性も少し微笑んで会釈をした。
先に立って廊下を進む。カウンセリング室のドアを開けた。
「どうぞ。」 「ありがとう。」 部屋の灯りが自動で点灯する。

210 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:41:32 ID:cBimMlnE0
 「そちらへお掛け下さい。」
女性がソファに座った後、俺もテーブルを隔てた向かいのソファに座った。
クリアファイルからA4の様式を取り出し、女性に手渡す。
「まずはこちらに御記入をお願いします。かなり立ち入った内容になると思われますので、
万が一のトラブルに備えて患者さんの意思確認が必要なんです。」
もちろん、碧さんが作ってくれた偽の様式だ。
カウンセリングの日付、担当の医師、簡単な同意確認の説明。そして署名欄。
「これで良いですか?」 「結構です。」 受け取った様式をクリアファイルに戻す。
「では左手を。心拍を診ます。」 「心拍、ですか?」
「はい。あまり心拍が高いと、カウンセリングに適した状態ではありませんから。」
女性が黙って差し出した左手首を左掌に置き、腕時計の秒針を見ながら薬指で脈を取る。
もちろん、術を掛けるための方便だ。Sさん直伝、直接の身体接触を伴う術。
「26だから...104。問題ないですね。」 そう、問題なく術が。息を吸い、腹に力を込めた。

211 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:42:53 ID:cBimMlnE0
 『すぐにA先生がいらっしゃいます。もう少しお待ち下さい。』
一礼して部屋を出る。廊下の数m先で碧さんが待っていた。
クリアファイルを渡し、受け取った白衣を羽織る。
「くれぐれも、気をつけて。」 カウンセリング室は防音仕様だが、碧さんは小声で囁く。
俺も声を潜めた。「頑張ります。」
カウンセリング室へ引き返し、ドアをノックした。
一呼吸置いてドアを開ける。 「Aです。○村さん、来てくれて有り難う。頑張りましたね。」
女性は立ち上がって俺を迎えた。 「A先生、宜しくお願いします。」 よし、完璧だ。
「こちらこそ宜しくお願いします。どうぞ、お掛け下さい。」
女性がもう一度ソファに腰掛けたあと、一呼吸の間を取る。
背中を深く背もたれに、両手は指を組んで太腿の上。A先生が話を始める前の仕草。
「さて、○村さん。早速ですが、前回聞いたお話。生き霊の件です。」 「はい。」
「あれから色々と調べてみたんですが、思い当たる症例が有りません。
一種のドッペゲンガーかとも考えましたが、娘さんが実際に怪我をしているのが問題です。
どうもこれは心療内科ではなく、別の領域かも知れない。私はそう考えています。」
女性の顔に警戒の表情が浮かんだ。
「警察に相談した方が良い、ということですか?」
「いいえ。娘さんが入院する程の怪我をしたのなら、
あなたは既に警察に事情を聞かれた筈です。そうでしょう?」
「はい。」 女性は小さな声で答えた後、少し俯いた。

212 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:44:13 ID:cBimMlnE0
 「本当に生き霊なら、私の親戚に専門の者がいるのでご紹介しようかと。」
「生き霊の、専門家?」
「はい、陰陽師です。陰陽師、御存知ですか?」
「言葉だけは聞いたことがありますけど。本当に、いるんですか?」
「います。娘さんの怪我が段々重くなっている事からすると、
専門家の助けが必要だと思います。勿論無理にとは言いません。
しかし正直言って、この事例はどの医者でも手に余ると思いますよ。」
「その人なら、私の生き霊から娘を守ってくれるんですか?」
「おそらく大丈夫でしょう。もし彼の手に負えなくても、もっと力のある術者に繋いでくれる筈。
ここだけの話ですが、実はこんなケースに備えて彼と契約してるんです。
ですから彼の力を借りても、通常のカウセリング以外の料金は発生しません。
正規の医療行為ではないので、その点は不問。この件は口外しない。それが、条件です。」
女性は少し黙ったが、決断は早かった。
「A先生、お願いします。その人を紹介して下さい。」
「早い方が良いと思いますが、日を改めた方が良いですか?ご判断にお任せします。」
「いいえ、もしお願いできるなら、今日紹介して頂きたいです。」
「これから、直ぐにでも?」 「はい。」
「それは良かった。では私の掌を見て下さい。」 話しながら両掌を女性に向けた。
「え?」 怪訝そうな表情。 女性の目の前で軽く手を叩く。これで、術は。

213 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:47:12 ID:cBimMlnE0
 女性はポカンと口を開けて俺を見つめた。
無理も無い。今の今まで、彼女には俺がA先生に見えていたのだ。
「あなた、さっきの。これ、どういうこと?」
「驚かせて御免なさい。僕の名前はR、陰陽師です。力を信じて協力して頂かないと、
僕たちにも出来る事は殆ど有りません。本物だと信じて頂くために、簡単な術を使いました。」
「簡単な術...あなたは本物の陰陽師で、私の生き霊を止められるの?」
此処が、山場。深呼吸、腹に力を込める。
『生き霊とは違います。それに、かなり深刻な事例なので少し焦っています。
でも、僕を信じて詳しい話を聞かせて頂ければ、きっと力になれると思いますよ。』
「深刻というのは、『次』が娘の命に関わるということですか?」
やはり。この女性は、とても聡明な人だ。
『そうです。それが何時なのかは分かりません。
でも、それほど遠くはない。あまり時間が、無いんです。』
女性は黙って俺を見つめた。深い悩みを宿した、暗い瞳。
信じてもらえるかどうか、それが全て。拒絶されては何も出来ない。
「あなたを、信じます。全部話しますから、娘を、私を、助けて下さい。」

『贐(上)』 了

214 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/01(日) 18:51:14 ID:cBimMlnE0
藍です。
現在作業中ですが、(中)以降もなるべく早く投稿したいと思っております。
では今夜はこれで失礼致します。有り難う御座いました。

215名無しさん:2014/06/04(水) 00:29:14 ID:pf4em.Gw0
藍さん知人さんありがとうございます。白衣シリーズの続きを楽しみにして待っています。

216 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:25:57 ID:76T7LtyE0
テスト中です。

217 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:29:36 ID:76T7LtyE0
皆様今晩は、藍です。
『贐(中)』を投稿致します。お楽しみ頂ければ良いのですが。

218 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:31:02 ID:76T7LtyE0
『贐(中)』

 「前回の話の内容を僕は直接聞いていないので、まずは確認させて下さい。
娘さんの怪我、それを自分の生き霊の仕業ではないかと考えたのは何故ですか?」
「3回目の怪我、娘が倒れていたのはアパートの駐車場でした。
そのすぐ後で、駐車場を出て行く人を見た人がいて、背格好や服装が私に良く似ていたと。」
「それで、警察に事情を聞かれたんですね。」 「はい。」
「なのに、あなたの行動には制約も監視もない。捜査の対象から外れた理由は何でしょう?」
「娘が怪我をしたのは5時半頃、私が5時半までにアパートに帰るのは無理です。
その日も同僚といつも通り退勤して、その時間はまだ電車の中でした。」
「小学生の女の子を狙った変質者の仕業とは考えられませんか?」
「3回目の怪我については警察もそう考えているようです。
ただ、1回目と2回目の怪我は変質者じゃありません。どちらも家の中、でしたから。」
「家の中で?」
「最初の怪我は両腕のアザです。朝起きた娘が痛がるのでパジャマを脱がせたら、
二の腕に大きなアザがありました。もの凄い力で腕を握られたようで。多分夜の間に。」
「二回目の怪我も夜、ですか?」
「夜と言うより夕方です。娘はお風呂で倒れていて、頭から血が...可哀相に。」
女性は俯いて小さく身震いをした。無理もない。相当なショックだったろう。
「意識がボンヤリしていたので救急車を呼びました。3針縫って、次の日から実家に。
念のために2日間学校を休ませました。」
「悲鳴や物音は聞きませんでしたか?」
いいえ。私、娘がシャワーを使っている間に居眠りをしてしまって。
目が覚めても娘がいなかったので様子を見に行きました。そしたらあんなことに。」

219 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:32:10 ID:76T7LtyE0
 どちらも女性が眠っている間に起きている。それで生き霊ではないかと考えたのなら、
この女性は生き霊について多少の知識を持っているということだ。
「3回目の怪我はどうです?あなたは電車の中だったんですよね?」
「はい。ずっと、考え事をしていて、もしかしたら少し居眠りをしたかも知れません。
その間に私の生き霊が、娘を。」
「○村さん、生き霊は本体が憎む相手に害をなすものです。
もちろんその憎しみを本体が意識していない場合もあります。
ただあなたには、娘さんに対する憎しみの感情を感じません。
たとえ無意識であっても、憎しみは必ず表面に滲み出てくるものですから。
それに、はじめに言った通り、娘さんの怪我の原因は生き霊じゃありません。」
「生き霊でないなら、一体何が娘を。」
「くわしいお話を聞かせて頂くのはこれからです。今はまだ結論は出せません。
次の話を聞かせて頂く前に5分程休憩しましょう。その間に飲み物を用意します。」

220 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:35:04 ID:76T7LtyE0
 一礼して部屋を出た。碧さんに飲み物を用意してもらう間、改めて精神を集中する。
それは女性の意識があるうちは活動しないはずだが、用心するに越したことはない。
飲み物を持ってカウンセリング室に戻ると、既に女性はソファに座っていた。
グラスを2つテーブルに置く。女性は飲み物を一口飲んだ。
俺も喉を湿らせる。涼しげな、氷の音。
「さて、いよいよ本題です。まずは娘さんの父親について聞かせて下さい。
その人はあなたの夫ではありません。あなたの娘さんは養子、ですよね。」
女性は息を呑んで俺を見詰めた。眼を伏せて小さな溜息をつく。
「それも、術で?」
「術ではなく、感覚です。あなたには妊娠の経験がありません。だから。」
「いきなり養子の件を話したら事前に事情を調べたと疑われる。だからさっき、あの術を。」
「ご理解頂いて有り難いです。あんな、瞞し討ちのような方法は失礼だと思いましたが、
あなたが思慮深い女性だということが分かっていましたから。」
女性は寂しそうな微笑みを浮かべた。伝わってくる深い悲しみ、そして自己嫌悪。
「私が本当に思慮深ければ、こんなことには...
娘の父親は、私の兄です。これはまだ、娘にも話していません」
「特に必要がなければ、僕がそれを娘さんに話すことはありません。どうぞ御心配なく。」
「兄は離婚して娘を引き取り、約半年後に亡くなりました。交通事故で。
娘が3歳の時です。それで私が娘を引き取りました。」
「未婚の若い女性が子供を引き取る、御身内の反対は有りませんでしたか?」
「いいえ。兄が離婚したあと、良く世話をしていたので娘は私に懐いていましたから。
もちろん最初は実家で両親と一緒に娘を育てていました。
でも、娘が小学校に入学する前に両親を説得したんです。
私が戸籍上の母親になれば、それが一番娘の為になるって。」

221 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:36:13 ID:76T7LtyE0
 「あなたの『娘』という言葉は、とても強い力を宿しています。不思議ですね。
どんな言葉でも、これ程の力を宿すことは滅多にありません。一体、何故でしょう?」
初めて見たときから、彼女に『力』があることは分かっていた。
これほど悪化した状況の中で、自分の理性を失わずにいられたのは奇跡に近い。
それは持って生まれた『力』と、力を制御する強靱な精神力がなければ絶対に無理だ。
そして彼女の言葉に宿る言霊は、彼女の『適性』が俺と同じであることを示している。
「あの子が本当に私の産んだ子ならどんなにか。いつもそう思っているからかもしれません。」
「何故そんな風に? あ、もちろん今話したくないのでしたら無理にとは言いません。」
「いいえ、あなたを信じると決めましたから、全部話します。
それに、もしかしたら私、誰かに聞いて欲しかったのかも知れません。
今まで誰にも、両親にも友達にも話せなくて、本当に辛かったから。」
女性は一旦言葉を切り、俺を見つめた。
「少し頼りない人でしたが、私は、小さい頃から兄が大好きでした。
それは何時の間にか恋愛感情に変わり、そして、大学に入学した時に。私は...」
揺れ動く心が発する言葉が宿す、微かな言霊。不謹慎かもしれないが、それは美しかった。
まるでオーロラのように、揺れ動く淡い光が彼女を包んでいる。
術者でなければこれ以上は。
「やはり無理はしない方が。」 「大丈夫です。」
彼女はもう一度俺の目を見つめた。本当に、強い人だ。

222 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:37:27 ID:76T7LtyE0
 「私は兄と体の関係を持ちました。両親が不在の夜、兄の部屋に行って、それで。」
そうか。兄への深い愛情、そして現代の倫理では許されぬ関係に対する強い自責の念。
十数年に渡る激しい想い。その膨大な精神エネルギーが、
人1人の命を奪いかねない程の存在を育ててしまったことになる。
「両親の目を盗んで、私と兄の関係は続きました。兄がとても気を遣ってくれたので
妊娠の心配はありませんでした。でも私は、本当は...」
「お兄さんの子を産みたかった。だから、娘さんが本当に自分の産んだ子ならどんなにかと。」
「結局最後まで、それは言えませんでした。口に出したら、兄を失ってしまう気がして。
だから兄が結婚した後も私を求めてくれた時、私はとても嬉しかった。」
「お兄さんが、離婚した時も?」
「はい、毎日仕事の帰りに保育所で娘を迎えて兄の部屋に通いました。
娘の世話も、家事も、とても楽しかった。私、本当に嫌な女ですね。」
「お兄さんが亡くなった後、娘さんを引き取って、本当に大切に育てて。
本当に嫌な人間ならそんな事出来ません。あなたは立派だと思いますよ。」
「でも、私と兄との関係は近親」 俺は右手で女性を制した。
「待って下さい。」

223 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:38:56 ID:76T7LtyE0
 「確かに現代の倫理では禁忌です。
でも、古い神話や伝承では、兄と妹・姉と弟の婚姻譚はちっとも珍しくない。
実際僕たちの一族では、それ自体は今も禁忌じゃありません。それよりも。」
「それよりも?」
「お兄さんがあなたの意志に反して体の関係を持ったことが問題です。」
「でも、兄の部屋に行ったのは私で、だから兄には何も。」
「確かにあなたはお兄さんが大好きで、恋愛感情を持っていた。
でも同時に兄と体の関係を持つ事は禁忌だという、現代の倫理観も持っていた。
なのに何故、それを易々と踏み越えてしまったんでしょうね?
何か思い当たるきっかけがありますか?お兄さんの縁談を知って強い嫉妬を感じた、とか。」
「いいえ、兄の縁談を知ったのはずっと後で、兄に恋人がいるとも思っていませんでした。
特に思い当たるようなきっかけは、なかったと思います。」
「初めて体の関係を持つために相手の部屋に行く。相手がお兄さんでなくても一大決心です。
それなのに特にきっかけはない。いや、きっかけを憶えていない。変だと、思いませんか?」
「何が、言いたいんです?」
「あなたは記憶を変えられたんですよ。あなたがお兄さんの部屋へ行ったのだと。
例えばさっきの術です。あの術なら、記憶の一部を変えることができます。」
「術って、一体誰が私に...まさか。」
「その、まさかです。系統は違いますがお兄さんは僕たちと同類、術者だったんですから。」
「私たちの家族でも親戚でも、そんな話は一度も聞いたことはありません。それなのに。」
「それぞれの家系の血に埋もれていた因子が御両親の結婚で1つになり、
お兄さんは『力』を持って生まれてきた。時折起こることだと聞いています。」

224 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:39:58 ID:76T7LtyE0
 「『力』は生まれつきだとしても、兄は陰陽道の術を一体誰から?」
「それは分かりません。でもお兄さんが優れた資質を持っていて、
かなり位の高い術者に師事していた。それは間違いないと思いますよ。」
「何故、そんな事が分かるんですか?あなたは兄に会ったこともないのに。」
「お兄さんの術が今も残っているからです。もともとはあなたを助けるための術。
なくした物がいつの間にかもどっていた。テストで山が当たった。
そんな経験、心当たりがあるはずです。」
女性の頬がピクリと動いた。やはり、間違いない。
「確かに、中学生になった頃から運が良くなったというか、そんな気はしてました。」
「例えば紙の人型に『力』を封じて術者の命令通りに使役する。
僕たちはそれを式と呼んでいます。式神、と言った方が通りが良いかも知れません。
お兄さんはあなたの願望を叶えるようにと、式に命じたんです。
もちろん何でも出来る訳じゃありません。失せ物探しやちょっとした予知くらい。
あなたが思慮深く、トラブルを他人のせいにしない人だと分かっていたから、
お兄さんはこの術を掛けたんでしょうね。ただ、自分が術を残して死ぬとは思っていなかった。
軽率だったと言われても仕方ありません。残されたあなたの、心のありようによっては、
娘さん以外にも被害者が出ていたかも知れないんですから。」
「...その、式が、娘を?」
「そうです。お兄さんへの深い愛情、許されない関係への強い自責の念。
それらに伴う精神的なエネルギーを吸収して式は成長し、強い力を持ってしまった。」
「でも、おかしいです。私の願望を叶えるはずなのに何故娘が。
それにあなたは『無意識であっても憎しみの感情は感じ取れない』と。」

225 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:41:10 ID:76T7LtyE0
 「娘さんが3度目の怪我をしたのとほぼ同じ頃、あなたは電車に乗っていました。
『ずっと考え事をしていた。』と仰いましたね。どんな、考え事でしたか?」
「娘が中学に入学するのを機に引っ越しをしようかと思っていて、それを。」
「何故、引っ越しを?何か不都合があるんですか?」
「初めは、兄の娘だから他人には渡したくないという気持ちが強かった。
でも、ずっと一緒に暮らして、私を慕ってくれる娘を見ていると
まるで本当に自分が産んだ子のような気がするんです。とても愛しくて。」
「お兄さんの娘というより、自分の娘という気持ちが強くなったんですね。
でも、それが引っ越しをする理由になるんですか?」
「今住んでいる部屋は、離婚した後に兄が借りた部屋です。短い間ですが、
兄と一緒に暮らした部屋を出る気になれなくて、あれからずっと住んでいました。
だから、どうしても思い出してしまうんです。あの部屋にいると、兄の事を。」
「そして時折、お兄さんの後を追いたくなる。あの、夜のように。」
「傷痕が残ってるわけじゃ無いのに、どうして。平気であの夜のこと。
遠慮なんて、無縁なのね。陰陽師には。あけすけ過ぎて、むしろ気持ちが良いくらい。」
「御免なさい。人の命に関わる仕事という自覚はありますが、遠慮している余裕はありません。」

226 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:42:02 ID:76T7LtyE0
 「処方されていた睡眠薬を、あの晩、全部飲んだ。間違いなく兄の所へ行ける筈だった。
でも、両親が虫の知らせで私の部屋に。病院に運ばれて処置されている間に夢を見たわ。
娘が、私を見つめて泣くの。『お母さん、私を一人にしないで』って。それで。
ああ、そうか。それが式の。あの時、式が私を助けてくれたのね。」
「それが、本来お兄さんが意図した式の働きです。でも、式は善悪の判断をしません。
ただあなたの願望や考えをなぞって、その通りに行動するんです。
あなたが、今も恋しくて恋しくて堪らないお兄さんの後を追えないのは何故ですか?」
「だって、私が死んだらあの子は...あ。」
「娘さんがいなければ、心残り無くお兄さんの後を追える。後の説明は要りませんよね?」
女性の目から大粒の涙が溢れた。真珠のような、美しい、涙。
「...あなたには、見えるの? その、式の姿が。」
「感じます。口元と右手が血塗れなのを除けば、あなたと寸分違わぬ女性の姿。
意識無意識に関わらず、あなたの願望を叶えようとする、もう1人のあなた。
あなたの部屋でないと、その式は始末できませんし、恐らく一晩かかります。
着替えて貰う必要もありますから、もし気兼ねが有るなら、
女性の、もっと力のある術者に後を引き継ぎましょう。」

227 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:42:44 ID:76T7LtyE0
 式の関係はSさんの領域。もともとSさんに引き継ぎをするつもりだった。
「あなたを信じると決めて話したのに、いざとなったら他の人って。酷すぎる。」
「でも、専門の術者の方が安全だし確実に」
「嫌! 私はあなたを信じると決めたの。あなたじゃないなら、絶対に嫌。」
彼女の態度や口調が変わっていた。秘密を共有する相手を近しく親しく思うのは当然の心理。
そして術者と依頼者の距離が縮まれば縮まる程、仕事の成功率は高くなる。
「分かりました。ただし、失敗したら元も子もありません。娘さんを守るのが第一ですから、
必要なら他の術者の力も借ります。それで良いですね?」
「最初から最後まで、あなたが一緒にいてくれる?」 「はい。」 「それなら大丈夫。」
「式の始末には一晩中かかるだけでなく、翌日の午前中も影響が残ります。
だから翌日仕事が休みの日で、式を始末する日を決めて下さい。
日付を決めてもらえたら、早速準備にかかります。」
「早い方が良いわ。明後日仕事が休みだから明日の夜、それでも良い?」
「OKです。では明日の夜、ただ色々準備があるので明日の午前中に連絡します。」
「じゃそれでお願い。私にはあなたしか、頼れる人はいないから。」

228 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:43:38 ID:76T7LtyE0
 「彼女を一目見て、式が原因だと分かりました。
初めからSさんに繋ぐつもりだったのに。正直、かなり困ってます。」
夕食後の一時、パジャマに着替えた翠は新しい絵本に夢中。
藍は姫の胸で安らかな寝息を立てている。
「聞けば聞くほど、重たい話ですよね。何だか胸が押しつぶされそうです。」
「R君の言うとおり、問題は兄の方。
そんな術を使う術者は普通なら問答無用で始末の対象だけど、このケースはちょっとね。」
確かに、情状酌量の余地はある。彼女には『力』があり、その適性は言霊。
彼女が無心に、心から発した言葉には言霊が宿る。
彼女の気持ちを、相手の心の奥深く、真っ直ぐに伝える力。
『お兄ちゃん大好き。』
物心ついた時から毎日のように、その言葉を聞かされていたら。
思春期、性について興味を持つ時期に、その言葉を聞かされていたら。
恐らく俺も同じ事を考えただろう。
しかし、考えるだけでなく、実際に術を使ってしまったのは、その男の罪だ
「それで、○×クリニック付きの陰陽師で彼女の救い主たるR殿は、
一体どうやってこの件の始末をつけるつもりなのかしら。」
「もう、茶化さないで下さいよ。式はSさんの領域で、僕に出来ることは殆どないんですから。」

229 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/05(木) 20:44:42 ID:76T7LtyE0
 「式の始末は、私に策があるわ。でも、式を排除しても彼女自身を救えなければ意味がない。
何時までも過去ばかり見ているのでは結局彼女も、そして娘さんも幸せにはなれない。
だから、あなた自身が彼女を助ける。それなら、私も力を貸す。それでどう?」
「全力で、頑張ります。」 「うん、良い返事。L、その間翠と藍をお願いね。」
「勿論です。任せて下さい。」

『贐(中)』 了

230 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:07:17 ID:fXUecUhQ0
テスト中。

231『贐(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:08:48 ID:fXUecUhQ0
『贐(下)』

 前日の打ち合わせ通り、翌日の早朝、女性の携帯に電話を掛けた。
「昨夜はコンビニで買った弁当とお茶。今朝は駅で何か買う。全部あなたの言う通り。」
「昼食も外食で。夕食は打ち合わせをしながら一緒に。退勤時間に車で迎えに行きます。
職場か駅の近くにコンビニはありませんか?駐車場が広いと良いんですが。」
「え〜っと、駅の近くのファミマ。○▲駅店、知ってる?」 「調べます。時間は?」
「そうね。5時、40分でお願い。」 「了解、じゃ5時40分に。」

232『贐(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:09:32 ID:fXUecUhQ0
 約束の時間。待ち合わせたコンビニの駐車場に着くと、女性は既に店の外で待っていた。
車を降り、手を上げて合図をする。助手席のドアを開けた。
「どうぞ。」 「...ありがとう。」 助手席のドアを閉め、運転席に戻る。
「あの2人、お友達ですか?」 コンビニの店内で女性が2人、こちらを見ながら話をしている。
「凄〜い、やっぱり分かるんだ。今日、居酒屋に誘われたのを断ったら、もう根掘り葉掘り。
2人とも勘が良いから誤魔化しきれなかったの。だからせめて店の中にって言ったんだけど。」
「『誰』が迎えに来るって言ったんですか?まさか、陰陽師?」
「そんなこと言えないでしょ。弟。一緒に娘の見舞いに行くからって。」
「ちゃんと紹介すれば良かったのに。あれじゃ逆効果です。あの人達、絶対信じてませんよ。」
「だって、紹介したら色々聞かれる。年の差とか仕事とか。
それに、今更どんな噂が立っても構わない。それより、凄い車ね。ビックリしちゃった。」
「お客様の送迎用にはいつもこの車です。じゃ、まずは夕食。
お寿司で良ければ御馳走しますよ。美味しいお店を知ってますから。」

233『贐(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:10:09 ID:fXUecUhQ0
 馴染みの寿司屋、藤◇。榊さんとの打ち合わせでも良く使う店だ。
電話して小さな座敷を予約してあった。夕食を済ませた後で打ち合わせ。
「部屋に戻ったらすぐお風呂。最後に浄めの水を全身にかけます。」 「髪も洗うの?」
「そうです。タオルと着物は僕の用意した物を使って下さい。
僕が用意した着物以外は何も身につけないこと。」
「下着も?」 「勿論。普段あなたが身につけているものは全部ダメです。化粧品も香水も。」
「マニキュアも落とさないといけないってことね。完全なすっぴん。ちょっと、恥ずかしいな。」
「『弟』なら、すっぴん見られたって恥ずかしく無いでしょ。
それに、女性の術者に繋ぐのを嫌だと言ったのはあなたなんですからね。」
「...分かった。それで、着替えた後は?」
「普段夜はベッドですか?それとも布団?」 「ベッドよ。娘と二人で。」
「ソファはありますか?横になれるくらいの。」 「ある。」
「じゃ、ソファに新しいシーツを敷きます。準備が出来たら横になって下さい。
その後であなたの周りに結界を張ります。そして、あなたが寝たら僕の出番。
式が活動出来るのは、あなたが寝た後ですから。」

234『贐(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:11:00 ID:fXUecUhQ0
 「どうやって式を始末するかは教えてくれない訳?」 「いわゆる、企業秘密です。」
実際、俺は術の準備のための簡単な指示を受けただけ、子細はSさんしか知らない。
正直、俺はそれよりも『宿題』で手一杯だった。この人を、救う方法。
「それとね、本当に必要経費は要らないの?此処のお勘定も高そうだし。」
「それも、病院との契約に含まれてます。」 「何だか、割に合わないような、気がするけど。」
「全て上手くいったら、病院の宣伝をお願いします。陰陽師の話は抜きで。」
「それは勿論、でも私一人じゃそんなに。」 まだ、納得していない表情だ。
「地道に広告塔を増やすのは大事です。それと、今回は別の思惑もあるのでVIP待遇で。」
「別の、思惑って?」 「スカウト、です。」 「スカウト? 私を?」
「はい。前にあなたの言葉に宿る力の話をしたでしょう?
あれは『言霊』。実はお兄さんだけでなく、あなたにも力があります。気付いてないだけで。」
深く息を吸い、下腹に力を込めた。俺の『宿題』を解く、鍵。
『だからあなたが無心に、心から発する言葉には言霊が宿る。
すると、言葉の真の意味が、聞く人の心に強く作用する。その心の有り様を変える程に。』
「こと..だ...ま?」 数秒間、『言霊』が彼女の心にその意味を届けるのを待つ。
「はい、言霊です。あなたには力があって、その適性は『言葉』。
この適性の持ち主はとても数が少ないみたいなので、あなたをスカウトできれば、と。」
「私が、陰陽師になるってこと?」
「術者になれるかどうかは分かりません。でもあなたの力を活かす仕事は沢山ありますよ。
一族は慢性的な人手不足ですから、スカウトが成功したら僕は表彰ものです。
勿論今はそんなこと考える余裕はないでしょうけど。じゃ、いよいよあなたの部屋へ。」


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