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雑談スレ
354
:
倉田山名無しさん
:2006/02/12(日) 17:46:31 ID:vH7lGf6s
「江戸時代までは皇室のことは一般の町民や農民は知らなかった。」
と、よく聞くが・・・
これは嘘です!
幕府によって序列化された庶民は、天皇との結びつきを願い、自らの尊厳の根拠と
身分解放への原理を天皇に求めた。被差別民の由緒書、職人の由緒書や偽文書には、
その起源を天皇に求めるというのが少なくなかった。
また職人や町人の中には、朝廷から位階や受領を授けてもらおうとする者も後を絶たなかったというのは、
その現われであろう。
当時、天皇や中宮、朝廷の人物を模した雛人形が百姓町民の間に売れに売れ、
幕府の統制が加わったほどだったというから、いかに庶民が皇室へ厚い憧憬を寄せていたかが分かる。
(松浦光修「菊の下草」)。
〜衛門とか、〜兵衛とか、権助など江戸時代民衆の間で親しく使われた名前は、
実は朝廷の官職名に由来している。また近松門左衛門は三十三篇もの天皇を素材とする浄瑠璃を書き、
天皇の御代を称え、天皇の徳政に感謝する劇が民衆から喝采を浴びた。
中でも天皇に忠誠を尽くした楠木正成が、当時の人々は大好きだった。
講釈場の門口に「今日より正成登場」というような張り紙が出ると、お客がどっと集まったという。
(司馬遼太郎「余話として」)。
この正成を中心とする「太平記」を題材とする作品は、謡曲、能、浄瑠璃にも数多く作られた。
そのためか、幕末に来日したロシア宣教師ニコライによれば、日本のどんな辺鄙な寒村に行っても、
楠木正成の名前を知らない無知な者に出会ったことはなかったという
そして、何よりも「おかげまいり」と称せられている一般庶民による伊勢参宮は、
庶民の自然な天皇への意識の事象ではないか。伊勢神宮は、皇祖天照大御神を奉祀するお宮だ。
このことひとつ見ても庶民のほとんどが天皇のことを知らなかった、
などという妄説はどこかに吹き飛んでしまうだろう。
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