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愛国者

89ハンドル付けて下さい:2006/06/18(日) 09:05:00
勘合貿易  明国は日本とは
 寧波(明州)で『市舶司』を置き朝貢貿易
(最初は毎年や不定期、4代将軍が朝貢禁止、再開で10年に一貢、船隻3、人300人)の制限
 日本国王は源道義(室町幕府3代将軍・征夷大将軍の足利義満)の許可
 幕府将軍一族(細川など)と
 豪族寺院(大内・安国寺・相国寺など[禅画・水墨画の雪舟など])が明国と儲け
地方豪族と大名商人は私貿易で倭寇(南倭)を働いた。
1548年 私貿易弾圧・中国貿易業者と日本西国大名が報復反抗した。
1553年以降に江蘇・浙江の沿岸は倭寇の大規模な被害を受けた。
1560年ごろになると福建・広東に私貿易が移動し、中国人倭寇が横行した。
萬暦帝(神宗。明主(明の皇帝)。秀吉の朝鮮出兵ごろの任期)の時に
マカオを経由してポルトガルの軍事力下に私貿易が横行し倭寇が減った。


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