[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
| |
ヨブへの回答−完全グノーシス版−
3
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/03/17(火) 23:16:51 ID:???0
このことをさらに立証する手立てとして、『ヨハネ福音書』には
「かつて神を見たものは誰一人としていない」ということがあげ
られる。というわけで最後の帰結にヨブが「耳にしていたが、し
かしこの目で仰ぎみたのは初めてだ」といったのは、目で見たの
が本当の神ではなかったということなのだ。そうすると答えは簡
単だ。
ヨブが楽観していたのは、この世を支配しているのが自分のよく
耳にして聞き知っている神であるはず、という一点であり、まさ
かこの世を支配していたのが、もはやよく聞き知っていた神では
なく、この「無知蒙昧なる無神論者」であるヤルダバオートだっ
たとは思いもよらなかったのである。ではヨブがよく聞き知って
いたオイコノミアを定めた神はどこへ行ってしまったのだろうか。
それは、ボゴミール派が語るような至高神のような「デウス・オ
テイオースス」となってしまっていたのである(暇な神)。要す
るに真の至高神は、この世のことを放置プレー状態にしているの
であって、ヨブは最後にそれを知ったのだといえよう。これこそ
光のグノーシスといわずしてなんであろうか。
最後に、この世を支配するのがヤルダバオートであり、至高神はデ
ウス・オテイオーススであるということをヨブに知らしめたのは誰
だったかを指摘しておこう。
それは光を与える者にして暁の輝ける子、「ヘレル・ベン・サハル」
(ルシファー)としてのサタンだったのである。
ヨブはここに光のグノーシスを、間接的にサタンから開示されたの
である。だがそれが一般の意味でいうところの「救済」であったの
か?といえば否である。ヨブは確かに光を得た、しかし結果的には
闇の中で塵芥に過ぎぬことを自覚する「刑苦」を背負い、生き抜い
たのである。最後の神の祝福は私にしてみれば「刑苦」としか言い
ようがない、ある意味ヤルダバオートの嫌味だ。しかしだ。ヨハネ
福音書にあるように「闇は光を阻止できなかった」とあるようにヤ
ルダバオートは最初から最後までヨブに負けていたのである。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板