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バサラ日記(その22)

508名無しさん:2015/08/12(水) 12:34:41
>社会的意義のある店なんだから、続けて欲しい。

有難うございます。私は、何事も ステップバイステップと考えています。
過去30年で見た場合。

1.九大時代の十数年は、研究(環境微生物)の事しか 考えなかった。
  大学に寝袋を持ち込み、泊まり込んで、当時、その分野で最新機器だった
  HPLCやNMRと格闘していた。その分野としては論文は多かった。

2.ハーバード、MITと米国留学時代は、研究より、ベンチャー企業視察に
  集中し、全米を飛び回った。大学発起業とはどういうものか、そのインフラも含めて
  一端を知った。またハーバード、MITと言う超一流大学の雰囲気を知った。

3.秋田時代は 科学行政に裏、闇がある事に気付き、。その「科学の裏」に関する
  社会生態学研究にのめり込み、それだけしか考えないようになった。
  研究手法は2chを使ったフォーカス・グループ・ディスカッション。
  当然、論文にまとめられなくなり、長く論文を書かなかった事もあり
  最終的には 大学を追放され、家族も崩壊した。その原因の根元に
  国家(及び米国)がある事に気付いた。結果、レジスタント(抵抗軍)になった。
  国家(及び米国)による科学の矛盾に立ち向かう事のみが、生存理由になった。

 4.生まれ故郷神戸に日本初のサイエンスバーを設立し
   原資(貯蓄と退職金と遺産)が十分にあった頃は、経営を考えずに
   単に経費を垂れ流し、事業規模を拡大する事だけに集中し、
  日本初サイエンスバーを年商800万円規模に育てた。
  この頃の私は経営と言う概念がなかった。単に原資を使っていただけ。
  「女子芸を売る店」にしたのはこの時期。経営ではなかった。

5.原資が尽きた今になって、初めて「経営」を考え出した。
  ネットに内情を公開したので債権者からも経営批判が殺到していた事も参考にした。
  ここで大幅な経営リストラに入り、女子力はじめ経費を数分の一にカット。
  「普通のスナック」と同じ経費水準に落とした。リストラ前後で客は減らず
   経営リストラに成功した。一方、客足を戻す為、一日平均客数を回復させる事に
   全精力を注いだ。客単価は全く考えなかった。単に客を増やす事に集中した。
 
6.客数は以前の水準に戻った週が出たので  客単価を上げる事を考える時期に来た。
  カラオケから講義中心の店にする事が最大の改善策である。それにボトルキープ制、
  シャンパン販売促進等を組み合わせて客単価を上げる。直近1週間の客数で、
  客単価が3000円になるだけで、下級公務員クラスの生活が出来るようになる。
  十分可能だと考えている。

7.一連の科学懐疑論活動(レジスタンス)で、精神医学など医療の矛盾を叩きまわった事もあり
  親族の医師にも圧力、嫌がらせが来て、親族からの縁を切られた。また  
  諜報勢力も入った尋常ではない状況に気が付いた知人の多くからも
  怖がられて縁を切られた。母校、九大は元々敵で、私を助けない。
  と言う事で完全な一匹狼ローンウルフとなった。
  ただ非常に数少ないが友人はいる。




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