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★ 【自分自身を習う】ゝのカウンセリングルーム別室【魂の部屋】
1726
:
ツェーレム
◆FfqGVJtXZA
:2011/02/28(月) 11:04:28
>>1723
銀神さん
私見になりますが
仏陀の入滅時の予言は、後に作られた偽作経典による、本当の教えを封殺する為のものだと見ています。
教団は二分列した時に、本来の教えを守る上座部と、離反した大衆部に分かれました。
本来の教えは修行した一人が悟りを得る小乗教、大衆部は教えを聞けば誰でも救われる大乗教というのがスローガンなんですね。
おかしいと断定出来るのは、精神・心を探求する瞑想中心の教えが小乗ならば、大乗とは一体何をしたいのか?です。
結果としておかしな組織の跋扈が始まります。
「苦から逃れる」本来の方向とは明らかに別物になっています。
仏陀の教えは残っているけど正しい修行も出来ず正しい悟りを得る事が出来ない時代にしたのは、仏陀以外の人間の考えた事でしょう。
それでも、今でも仏陀の教えの血脈は依然として残っています。
仏陀の言う悟りには、法力は執着の種ですから、修行の階梯で身に付いても重要では無いどころか、障害扱いです。
法力とは何か?と言えば、認識の拡大という事になるかも知れません。
数々の思い込みによる定義付けや洗脳や知識が様々なタガとなり、狭めている。
それら全てを取り去る修行が本来の仏教修行だから、結果として法力も発現出来るようになるのでしょう。
ならば、想いや思い込みを手放す坐禅は最短の近道にも思えます。
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