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お気に入りのローマ皇帝2

1カイザー:2004/04/18(日) 01:31
旧スレが1000を超えたんで新しくスレッドを立て直してみました。
ローマ皇帝となってますが、まあローマに関する話題なら何でもOK
です。
素人の雑談以上のことを求められても対応出来ないんで、はじめに
おことわりしておきます。

いるのかどうか分かりませんが、ROMしてたけど、途中から書き
込みにくいと思っておられるお客様がおられたら、これを機会にカ
キコして頂けると嬉しいです。

55マッティアス:2004/07/19(月) 16:54
オスマン一族がルーム朝の臣下というか保護部族のような扱いであったのは事実です。
でも、ルーム朝スルタンに権力を委譲されたというのは、伝承です。西ローマが滅んで
しまった際に、どこかの保護国家が自軍を率いて国家を建設して、我こそがローマの
継承者なるぞ!最後の皇帝に頼まれたのじゃ!!と主張しつつ、東帝国併合を目論むのに
近いカンジだと思ってくだされば。

そういえば、ハルドゥーンの息子やらラシード・ウッディーンなんていましたね。邦訳
も出ていたような気がしますが、読んでません。←イスラム専攻のくせに(爆死)。
ルーム朝なりセルジュク本家なりの通史とかあったら読みたいなあ、とはずっと思って
いたんですけどね。

56カイザー:2004/07/21(水) 22:54
私は根本的に分かってないんですが、オスマン朝がセルジュク朝に禅譲を強要
したとかいうこともなく、何ら関係のない所でルム・セルジュク朝は滅亡して
るという解釈でいいのでしょうか?
そういえば、フラグがアッバース朝を滅ぼした後に、マムルーク朝にカリフの
親戚が亡命してきて、その後もカリフ位が継承されてた筈ですが、この辺の事
情って胡散臭いもんなのか、まあ納得しといてもOKなのか、どうなんでしょ
うか?
それと、まだ気になるのはカリフという地位はオスマン帝国の崩壊と一緒に現
在は消滅してるんですか?

世界史の授業で習った通り一遍のことは覚えてるんですが、理解したというの
とはまた違うんですよね。イスラム史の歴史小説だって、読み物としては十分
成立しそうだけど、まずないですからねー。
本当に日本ではイスラム史の普及率は低いと思います。

57マッティアス:2004/08/05(木) 12:22
>オスマン朝がセルジュク朝に禅譲を強要したとかいうこともなく、何ら関係のない
>所でルム・セルジュク朝は滅亡してるという解釈でいいのでしょうか?
そういうカンジだったと思います。10年くらい前に講義で聞いた内容なので、記憶が
曖昧ですが、オスマン一族にはルーム・セルジュク滅亡当時にはそこまでの力はなか
った気がするんですよね。
マムルーク朝が亡命してきたアッバース朝のカリフ一族を保護していたのは、多分、
間違いないと思うんです。アッバース朝がオスマン朝に滅ぼされた時点までは一応、
アッバース家のカリフがいたはずなので。
とはいえ、歴史教科書でいうところのオスマン朝スルタン・カリフ制がすぐに始まっ
たみたいな記述はちょっと違って、オスマン朝が称号にカリフを用いるようになった
のは、本当に末期の19世紀に入ってからのことらしくて。まあ、だからスンニ派では
もう長い事カリフっていうのは(すでに十字軍時代以前から)ただのお飾りで権力など
なくしていましたからね。実は結構どうでも良かったのではないかという気がします。

イスラム史の歴史読み物は多少はあるはずなのですが、あんまりメジャーじゃないで
すよね。せいぜい、イラク戦争の時にちょっと増刷されて店頭に並んだ程度で。
でも、出版元を考えると、ローマ関連の岩波文庫の本より売れてるのではないかとい
う気もしないではないです。

58カイザー:2004/08/08(日) 11:20
私が言ってるマムルーク朝保護下のカリフが胡散臭いというのは、フラグがア
ッバース朝を滅ぼしてバグダード住民を皆殺しにした何年か後に、最後のカリ
フの血縁者がエジプトに現れたというのが、眉唾というか、自称アッバース家
の人間みたいなイメージがあったもので。
マムルーク朝に、フラグのバグダード占領以前から、この人物と顔見知りがエ
ジプトに何人かいたとすれば、間違いないんでしょうけど、さすがに詳しくは
知らないもので・・・。

アメリカの同時自爆テロとかアフガニスタンやイラクでの戦争を契機に、イス
ラム関係の読み物は確かに増えてきましたね。と、言ってもウマイヤ朝とか、
アッバース朝とかの私がとりあえず調べたいなと思っている時代は、サラッと
流されてばかりなんですけどね。
まあ、現在の中東情勢にダイレクトに繋がる情報はオスマン末期ぐらいをスタ
ートにしといて、それ以前は軽く紹介という扱いで不都合ないとは思います。

全然、読む暇もないのに、コンスタンティヌス大帝の分厚い本(ブルクハルト
の和訳)が、売っていたので、衝動買いしてしまいました。いつか、HPを更
新する時の先行投資です。
・・・・いつになるか、分かりませんけど(汗)

59マッティアス:2004/08/17(火) 12:06
コンスタンティヌス大帝といえば、確かエウセビウスの本も邦訳出ましたよね。
訳者が秦剛平氏なので、読みにくくはないと思うので、気になっています。

中東の歴史とかいっても、どうしてもヨーロッパがらみでないと分量割いてもらえない
んですよね。サラディンとかアイユーブ朝が比較的詳しく書かれるのは、やはり十字軍
と戦ったからだし。ダンテ以降、キリスト教世界でも扱いがいいけど。
本当は、同じヨーロッパでも、コンスタンティノポリスとの絡みでルーム朝とかオスマン
朝初期とかももうちょっと詳しく書いたものがあってしかるべきだと思うんですよ。

とは言っても、本当に第二次大戦後の中東情勢につながる部分でもなければ、大概の人
にとってはどうでもいいんでしょうね。うう・゜・(ノД`)・゜・

60カイザー:2004/08/22(日) 22:10
コンスタンティヌス大帝の本は、読もう読もうとは思ってるんですが、仕事が
忙しすぎて・・・。ギボンの図説付きの要約本も売ってたんで、そっちも気に
はなっているのですが。

マイナーイスラム史の中では、デリー・スルタン朝の情報なんて、私は全く知
らないですからねー。
奴隷朝の初代君主がアイバクという名前だとかいう話を世界史の先生が話して
たのを聞いた記憶が微かにあるだけで、ロディー朝とかサイイド朝なんて、本
当に名前しか知らないんですよね。
西欧史でも、ブルグント王国とかランゴバルド王国のことを調べようと思って
も、ろくな本がないですよね。西ゴート王国とかフランク王国なら、断片的な
情報はそれなりに見ますが、まとまった分量の記述を読もうとしても、そんな
のないですからねー。
神田の古本屋にでも行けば、あるのかもしれませんが。

61マッティアス:2004/09/27(月) 14:42
ご無沙汰してしまいました。神田か早稲田は何かありそうな気がしますね。
今度東京にゆっくり来られる機会があれば、ご案内しますよ?

イスラム関連の本をとっても久し振りに読んでいるのですが、奴隷王朝もそうだと
思いますが、実はマムルーク朝も初期は何とか正統な勢力だとアピールするために
相当な苦労しているんですね。

イスラム世界とローマの似ているところは、奴隷だったり黒人だったりしても、
3代経れば白人自由市民と同格の市民権を得られたというあたりですね。
でも、実は奴隷身分でも、イスラム教徒ってそこそこ人権あるんですよね。保護さ
れているっていうか。自由民ほどの人権がない代わりに保護されてるという。
刑罰が奴隷は軽いんですよ。そこはびっくり。
あと、イスラム世界の元奴隷と元主人の関係は、ローマのパトローネス関係と酷似
しているみたいで。ローマ関連の本を読むようになって、学生時代よりイスラムの
本が理解できるようになったという、微妙な事態が起こっています。

ローマ話じゃなくってすみません。

62カイザー:2004/09/30(木) 17:49
本当に久しぶりですね。もしかして、マッティアスさんに嫌われてしまったの
かと、涙、涙の毎日でした。(ウソ)
神田の古書街には、昔、一回だけ行ったことがあります。見物だけで、何も買
いませんでしたが。大阪では梅田にカッパ横町という古書街があるんですが、
地方の人は絶対に知らないだろうなあ。店舗の数もさほどではないですしね。
東京、また行きたいですねー。

奴隷って言っても、アメリカの黒人奴隷みたいなイメージは、世界的にはポピ
ュラーじゃないんでしょうね。
奴隷と自由民の行き来が可能であるパターンと、黒人奴隷みたいに未来永劫永
遠に奴隷というパターンと二通りがありますよね。日本の部落差別なんかだと、
後者のパターンの奴隷(というのも語弊があるかもしれませんが)と言えるの
かもしれません。

63マッティアス:2004/10/04(月) 23:05
PC新しくなって、とりあえず安心して来られるようになりましたよ〜。

梅田の古書街ですか。気になりますね。収入ができたら行ってみたいですね。
東京ではまあ、神田が一番大きな書店街ですが、個人的には早稲田が一番好き
です。価格が手頃で。古書街は大抵、学生街にあるせいか、日曜・祝日は休業日
であることが多いのが難点ですが。

奴隷もそうですが、宦官も中国圏と地中海世界では違いますもんね。ハレムの
番人イメージがあるわりに、イスラムとかビザンツでは、軍人職に就くことも
あったといいますが。
ビザンツ、もといコンスタンティノポリスのローマ帝国では、宦官って普通に
使われていたんですか?キリスト教世界だとハレムも何もあったもんじゃないと
思うんですけど。何で必要だったのか、すごく気になっているんですよね。

64カイザー:2004/10/05(火) 21:52
カッパ横町は別に大したことないんですけどね。
一昔前は、大阪球場に古本屋街というか、古本屋さんが集合してるテナントが
ありました。今は、大阪球場そのもが解体されちゃってるので、日本橋の方に
丸ごと移転してます。あんまり流行ってなさそうで、いつ潰れるんだろうとか
思ってます。

宦官も本来は奴隷の一種ですよね。秦の趙高みたいに位人臣を極めたりとか、
曹操の祖父にあたる曹騰(ちょっと字が怪しい)みたいに養子縁組で家名を存
続させたりなんてことまで出来るのは、解放奴隷と似てると言えば似てますね。
そういえば、ローマの宦官って志願制なんでしょうかね?以前、調べたいなと
か思ったことはあるけど、良く分からない。東ローマ時代の宦官将軍ナルセス
は、元々手織物とかしてたんだそうです。

65マッティアス:2004/10/07(木) 21:28
ローマ時代の宦官については、『大航海』No.7「去勢の歴史」にあったコラム
程度しか知らないのですが。そこで取り上げられていたのが、コンスタンティ
ヌスに仕えたエウセビウスと、東ローマ時代では宦官として初めてコンスルに
就任したエウトロピウス、ナルセスの3人でした。
もちろん、将軍になったナルセスにも驚いたのですが、宦官でコンスルって…
という衝撃のほうが大きかったです。
しかし、ローマの宦官って本当にどういうシステムで入っていたんでしょうね。
特にキリスト教化されてからのほうが、謎が多いです。それ以前だと、奴隷で、
多くは色子として売られていたわけでしょう?

66カイザー:2004/10/07(木) 22:59
3人ともローマ人の宦官としては有名人・・・というか、私もこの3人ぐらい
しか名前の思いつく宦官はいません。後は、スポルスぐらいかな?
エウトロピウスは、テオドシウス1世に取り入って栄達した佞臣ルフィヌスを
追い落として、エウドクシアをアルカディウスの皇后に擁立したことにより権
勢を奮った人物ですね。結局は、同志の筈のエウドクシアの差し金で失脚する
んですが。

この辺の宮廷の陰謀劇は、ゴチャゴチャしてるんですよねー。
エウトロピウスによって追い込まれたルフィヌスは、スティリコの密命を受け
たゴート人部将ガイナスによって暗殺され、この事件以降アルカディウス帝は
スティリコを危険視しこのガイナスに命じてスティリコの謀殺を企み、西ゴー
ト族とも妥協的な和睦を結んで援軍としてペロポネソス半島に滞在していたス
ティリコの西ローマ軍を追い返したりといった感じです。

67マッティアス:2004/10/10(日) 00:58
え〜と、名前は覚えてないんですけど。エラガバルスの母、ソエミアスの愛人
やってた宦官もいましたよね。やはりそれなりに権勢ふるっていた。
シリアの神官の家系だから、セウェルス朝には宦官が結構いそうなイメージが
あるんですよ。奴隷とかじゃなくても、キュベレー信仰をしている人々の中に
は、去勢者って何人かいたはずだし。それを揶揄した歌をユウェナリスが作っ
ていたしなあ。
それんしても、いつからローマ人は宦官なんか使うようになったんだろう?
エジプトやオリエントの影響?ギリシア人は宦官なんか使ってましたっけ??
ふと気になってしまいました。

68カイザー:2004/10/11(月) 21:43
ちょっと前に発売した「ローマ帝国衰亡史」の新しい訳本を買ってみたんです
が、ユスティニアヌス朝までしか収録されてないというのは、どういうことな
んですか!?(ノ ゚Д゚)ノ ==== ┻--┻
いや、まあ一冊でギボンを全部読めると思うのが間違ってるんですが。私はち
くま文庫版を全巻持ってるんで、実害はないと言えばないんですけどね。

ギリシアでも、宦官はいたのかもしれないですね。少なくともセレウコス朝の
宮廷とかには、絶対いたでしょうね。
でも、マケドニア支配以前のアテネとかテーベだと、どうなんでしょうね?ペ
ルシア戦争以降なら、いてもおかしくないような気はするのですが・・・。

69マッティアス:2004/10/31(日) 16:28
宦官って、ちゃんとそれが常備されてる国じゃないと手術の技術が低くて死亡率
異様に高いんですよね。だからギリシアとか、アレクサンドロス以前にはあまり
居て欲しくないです。怖いから。古代エジプトでは生存率10%以下ですよ。
ペルシアはちゃんと技術もってそうなので、セレウコス朝とか他のマケドニア系
王国もその技術をちゃんと継いでくれてそうですよね。
イスラム関連の本で昔思ったのですが、ローマの宦官もユダヤ教徒に手術させた
のでしょうかね?割礼がある国(宗教)ではそのテの技術が発達しているから、
とかいういい加減な記述でしたが。
ちなみに、中国よりインドのほうが去勢手術の生存率・予後治療はしっかりして
いたらしいです。

70カイザー:2004/11/02(火) 23:06
それだけ死亡率が高い宦官に志願する人がいるというのも、平和な日本に住ん
でる私には理解しづらい所です。昔、読んだ本に清代の宦官手術は成功率が高
かったというようなことが書いてあったような覚えがありますね。古代は、本
当に酷いもんだったんでしょうね。

日記にも書いた「古代地中海世界の統一と変容」に、ヘラクレイオス朝やイサ
ウリア朝の宦官の名前なんかが載ってました。ユスティニアヌス2世の腰巾着
みたいなのとかいたそうですが、やっぱりローマの宦官の出身地だとか志願制
のんか強制なのかとかは、書いてなかったように思います。
まだ、全部読んでないんですけどね(汗)。

74名無しさん:2020/05/25(月) 19:34:48
パックスロマーナについて
https://world-zatsugaku.com/pax-romana/


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