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エスペラントの思想と国家権力

34胡人:2007/01/28(日) 12:09:03 ID:PZcqAulU
人数等、不明な要素は多いですが、「蛮行」その様な行為が、少なくともあった事は、複数の方から直接私は聞いていますので事実だと思います。

数年前亡くなった親戚の元砲兵連隊中尉だった方から、山の様な死体の横で勝ち誇ったかのような兵隊達(自分達)の数多くの写真を見せてもらい話を聞いた事があります。
そしてそういう行為は、中国側も結構やっていたけど、自分達も結構したもんやという事だった。その当時は何の疑問もなくある種当然の雰囲気があったそうです。戦争だから…

また近所の元特務兵曹長(本隊直轄の軍監的役割で、プロの兵隊のトップ)だった方も中国での戦争の話を良くします。
上海、南京どっちだったか、とにかく大河が多くの人の死骸と血でぐちゃぐちゃだったそうです。

その方の小隊は、望遠鏡で戦場を観察し、その戦場での敵味方双方の戦いを本部に報告する事が仕事で、時として精神主義に凝り固まった、頭の悪い隊長に率いられた日本軍部隊の悲惨さを、現実感無く望遠鏡を通していつも見ていたそうです。

普通中国軍は、八路軍以外は、忠誠心とか軍律というものがなく、大声で突撃すれば必ず逃げるというのが通例で、時に足枷され逃げられなくされた中国側機関銃兵(日本製より数倍性能の良いチェコ製を中国側は使用)がいると、頭の悪い経験の浅い将校の命令で、多くの日本の若い兵隊が同じ様に何回も突撃し、ただただ無駄に死んでいったそうです。なにせ戦争とはそんなものやという事でした。

最後は南方のある島の特別編成の独立守備隊で終戦を迎えたが、米軍がその島をとうり越していったので命は助かったが、部隊の3分の2以上が栄養失調と病気で死亡したそうです。
その島での守備隊の仕事は結局、丸一日、爆撃避けの穴掘りと食料確保の畑作りだったそうです。
その方は百歳近くで、今もまだ大変元気で悠々自適の生活をされています。


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