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あいさつ、雑談、スレを立てるほどでもない話題
430
:
ame
:2008/06/08(日) 01:54:38
もう少し書かせてください。ごめんなさい。
人間のような知性を持った個体は、知性を駆使することによって、おおよそ世の中のほとんどを「わかったつもり」になることができます。
それで知性は安心することができるのですね。知性にとって、わからないこと、知らないものは恐怖の対象であるわけです。
しかし、その知性が生命である以上、どうしてもわからないことがある。
知り得ないことがある。それが「死」です。個体としての知性は、絶対に「死」を理解できない。
だから死は怖いのです。
自分のわからないことを考える、知らないことを知ろうとする、これが知性が知性たるゆえんです。
そして宗教とは、人間が死に対して挑む知的活動に他なりません。
キリスト教にしても仏教にしても、人間が死にたいして果敢に挑んだ知的活動の結晶なのです。
外国人の多くは何故、無宗教の人間を軽蔑するのか。
簡単な話です。宗教を持たないことと、考えることをしないこと、この二つを、等号で結んでいるからです。
知性ある人間なら、死にたいする飽くなき興味を持って当然であると。そして死に対する知的活動の結晶である宗教を持っていて当然である、と。
このように考えるんですね。
宗教の本質は信じること、思考を停止することではありません。
宗教は死の恐怖から逃避するためのものではないのです。
むしろ、死の恐怖に真正面から対峙するものであるのです。
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