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あの人は今...@都留

1金田一少年(笑):2018/05/20(日) 15:43:49
都留にまつわる「あの人」を探すスレです。
語るスレでもいいけど。

2金田一少年(笑):2018/05/20(日) 16:16:31
あの人 = 岡本真理子 ?
時期 = 2006-2007
知りたいこと = 2011年の原発事故を受けて、彼女はどう語ったのか、冷静でいられたのか?
文大生の混乱ぶりも知りたいなwww


2006-7年ごろ、僕は彼女の授業を受けていました。
彼女は、美しいというか、きれいな人でした。
よく授業で寝ていたものです。
今は...40過ぎてるかもしれないなぁwww


たしかMOX燃料の原発が危険だとか、プルトニウムがヤバイ、という授業を受けていたんですよね。
それから4年後の福島原発の事故で、3号機がもろにMOX燃料だったから、ああコレはヤバイなと、ニュースを見ながら思っていました。

で、岡本教授は原発の危険性を早くから主張していたんですが、それは何かオオカミ少年というか、カッサンドラ的な無力さがあったと思います。
知識を持ってはいても、行政に介入する力を教授は持っていませんからね。
そんな岡本教授は、原発事故の時にどう振舞ったのか知りたいと思いました。
知識があるがゆえにパニックとかにならなかっのだろうか?


たしか、当時は2-3万ベクレル/m^2で都留も汚染されたと記憶しています。
新緑の美しい都留が、汚染されてしまったなと当時は思ったものです。

あんな状況で、大学生は休学したり、無断で故郷に帰ったりしなかったのだろうか?

事故当時、僕は西日本に居たんですが、それでも風が来ると放射性物質が混じってるんじゃないかと怯えて、
スーパーに買い物に行くと、魚が東日本産だと、ああ、もうこれはダメだ。みたいな感じでしたね。

「東京旅行に行ってきた。今から帰宅するから送ってくれ」
という知り合いを、車に乗せたことがあったんですが、あれは恐怖でした。
服に放射性物質が付いてるんだろうなと思って...
ああ、これは内部被爆だ、ヤバイ...
彼を降ろした後に、寒風の中、すべての窓を全開にして帰路についたものですwww

当時の東京はパニックでした。
そのパニックぶりを見るために、彼は好奇心から東京旅行に行ったのではと考えています。
「そういう人物は、よく考えてみるとヤバイwwwそして、そういう人物を車に乗せてしまった僕もヤバイ人物www」
という関係が成り立つと思うんですが、まあそれは脱線ですねwww



どなたか、奇特な人がいたらコメントよろしく。


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