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霊的進化について
24
:
ハイヤーセルフ33さんの見解
:2005/09/09(金) 06:42:50
「魂が進化しまくった先にはどうなるのか?」
という問いに対して、
公の場で同じ回答を繰り返したほうがいいかもしれません。
まず精神世界で語られている普遍原理から結論をシンプルに引き出せばいい
のです。ミカエルさんの「魂が究極的に進化し全能なる叡智となった場合、
その後どうなるか?」ということですが、1つの原則を思い出したらいいで
すね。
バシャールも言っているように
「すべての観念は等しく真実で、等しく可能性がある」あるいは「イメージ
できるものはどこかの次元に存在するし、私たちにとって実現し真実となる
もの」ということです。
この原理から必然的に引き出される結論として、
魂の無智が完全に消失して、その欲求と必要性のすべてを満たすことができ
た場合、仏教やヨーガで云っているように、「決して輪廻しない」(堕ちない
ということ)・・・すなわち無智ゆえの欲求(これが輪廻の因であるとされ
る)が全く生じない最高の境地(第7天・第7次元といわれるもの)に達し
て、存在との全一性の中に永遠に生き続けるということ。
そのような存在状態を私たちはイメージ(定義)できるのですから、上記原理
にしたがってその「確かな実在性がある」ということです。それが魂が進化
し続け究極的に行き着いた先の状態といっていいでしょう。
もし「そうした状態はなく再び魂は二極性を体験したがり戻ることを必ず選
ぶものだ」ということなら上記の原理は成り立たなくなってしまい、それは
嘘だということになってしまいます。「そのような境地は存在しない、その
可能性はないのだ」といっていることになりますから。
しかし仏教やヨーガ等々でいっているような境地を私たちはイメージできる
のです。それは「確かな実在性ゆえにできる」ということです。したがって
すべての無智が焼き尽くされ、二極性を体験したいといった欲求からも永遠
に開放された意識の状態は存在するということになりますね。
それでもなを、「もしそうなったとしても魂が再び無智の中に落ちることを
選択する」というのならば、その魂はまだ完全には全一性(全知)に達して
いないのです。また再び無智なる状態から体験したいという欲求そのもの
が、いまだその魂はすべての叡智を身に着けておらず、達成すべき課題があ
るということです。それでは「進化して行き着いた魂」の定義ではないでし
ょう。
全知の状態とは「知らない状態」がどういう状態かということと、「知って
いる状態」がどういう状態かの両方を知っている状態です。そうでなければ
全知とはいえません。何かを欲求すること自体が魂の満たされない叡智を獲
得しようとする衝動であるということを思い出してください。そしてイメー
ジできるものは、その実在性ゆえに存在できるのだということを。
こう考えれば結論はきわめてシンプルになりませんか?実際「ヒマラヤ聖者
の生活探求」に登場するマスターも言うように、「その地点に一度到達すれ
ば、だれもそれ以下に堕ちようと思う者はおりません」という通りです。
やがては「また振出しから戻る」なんてことを悩むことなんか何にもないと
思いますが。
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