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ごった煮

5投稿準備:2005/12/31(土) 20:22:24
(確認)

人は世界を認めることで、客観化したというよりも「去勢」されたの
でしょう。大人になるということは、エゴの欲望を切断することでしょうが、
子供が獣で、貞操帯をつけたのが大人ということですね。元服とは装着式というような。
動物は、欲望にしたがって尚、(すくなくとも同族との)調和を保つようには、できているはずです。
あるいは、欲望にしたがうことが積極的な善であったはずです。これを例えば「悪魔主義」などと見立て、
猶も抑圧するのでしょうか。しかし、神にすがっても、超越的な摂理がどこからか供給されるものではないかも
しれません(たとえ未知の巨大な世界がひろがっているにしても、それが世の「煽られて在る過剰な欲望」を制御
できるほど支持の広がりを得るのは、全員が地上で新陳代謝を蒙る、まだまだ先の話でしょうし、「個々の衆愚」を
覚醒させ、その多数化を急進させるイメージとしての大破局は、それがくるかどうかは当て物のようになってしまうで
しょう)。客観的に成れ、というのは原理的には正しいかもしれませんね。けれども、誰かの主観に合わせたり、誰かの
欲望に対して補ったりしてはいないでしょうか。社会に対して遠慮がちになることが、適正値の改竄によって、権利を小さく
見積もられているという搾取形態もあるでしょう。つまり資本と同様に、全員の「権利の」総和までは順当でも、配分には
傾斜がつけられ、割りを食った大勢の人の権利としては著しく小さく計上されているのでは、ということですね。支配という
ことなら、それが「自然な形」でも、よりによって、その一部が「大人になる」との名目によって騙し取られているのだとすると、
そして当然ながら、気づきもしないのだとすると、案外、これは、事かもしれませんね。


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