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1もしかするに:2005/12/28(水) 02:21:12
「生贄の原則」

1「人でない犠牲は効果が薄いのか、代理としての犠牲には命に伍して台頭し、価値があるとされるもの、
つまり宝物をあしらった豪奢なヒトガタの、一瞬の集中の、しかし未練を誘う、前後それぞれの苦悩を
伴う、そうした破壊を要するのか。ところが、そちらの価値のほうが高まってしまうと、
今度は後ろ髪を引かれない、今や低廉になった命のほうを、また替え玉とするのか」

3「二番目に定めたことは高度であるばかりか、つねに低位に在るのではないか。進歩した後継が模倣の謗りに甘んじなければならないとすると」
2「進歩していない前代こそが上位に在り続け、進歩を埋め合わせる為、後代によって通力を宛がわれ、便利にも無形のそれが、危機感の高まりと
いうその昂奮自体で幻視されて、願望そのものとして進歩に拮抗するかにスライドし、高騰する仕組みでは」

3「しかし、より大きな犠牲を求める場面では、本来は犠牲にならない犠牲を用意する、
直截には対等の、同階級の者からの生贄が関わってくるのだとしてみよう。
それは、或いは同族の側近でなければならず、ことに困難で大掛かりな存続へと先行応報させるには、何をおいても痛みを伴う身内で
あって、しかも関係するところの身内、という意味にならなければならないかもしれないわけだが、そうなるなら、もしかすると
枢要さ、崇高さ自体の代理として特別な集落を囲って、不自由に住まわせた成員を、身内や幹部の犠牲に代えるという形も
ありうるのならどうか。とはいっても、そこを格別な集落とする為に、またもや周辺的な犠牲が要されるとなると、だが
今度は、もっと小さく映る者達の、もはや量化した犠牲量の習慣的な集積を以て、その集落の価値、代価性の高めに代えようとするのではないか。
しかも集落とは名ばかりで、リスト上の血の脈絡をその実体とするのだとすると、網上の散在する目の人ではないのか、予定する次の犠牲者とは」

4「他方で、そうした世界では裏切りが絶えず、成功への直接の手段、障害除去というのではなく、
配下の者の成長の芽を摘むのはもとより、
昇格への生贄としては、暗殺で供物を出し、そうやって高い身分からも犠牲が出され、
再びの安定の頃には、生贄によってのみ、そうした
生贄の世界が見事に保たれているのだなどと看做されるのかもしれない」

“なお、仮に人柱とは生き血祭りであり、親睦会であり、娯楽であってみれば、リアルで大きな犠牲であるかの一つの、
演出と仮想でつくった幻影、殺人や暴力や死闘のストーリーというのは、生贄の効果の薄いほうの表儀式ではないか”

“ちなみに言霊を超えるには説明不能の外形応報、すなわち魂による、かつ、時間の厚みへと事例が折り重なって重く見える自己割腹をとも、なるだろう”


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