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ザ・KK退会者がもの言うスレット

54IAOO.KK ◆ZKLVh/2jGY:2006/09/30(土) 23:37:29 ID:DZS7qQVI
>>53


>実は多重なのよ。

とは、いいかえれば多くの説明の省略があるとういうこと。いかに[オ]カルト用語であるかということ。

>各々の悟りに応じた意味があると考えてよい。

そういったことがあるのはわかります。理念と象徴にもとづいて正確に表現されたものがあるのは。
しかし、言葉は実相・真理を覆いかくすということもあるでしょう。
やさしい言葉、抽象的な言葉で言うほど多くの意味を含ませやすい。
弟子はいいます。「おお、なんという金言!」。
しかし、言葉を授けたものが ”どこまでわかっているのかというと、かぁなり難しいものがぁある”(OR調)…。

さて。

>認識力=悟り=次元ですね。

信仰が次元の壁を破る力であって、

>5次元の人は5次元、6次元の人は6次元と認識する。
>仏神をだ。

ならば、その信仰は5次元、6次元の壁しか破っていないのであるから信仰も段階があるのではないのかという
反論を持ち出してくる人のありましょう。

信仰が仏と仏弟子とだけ成立するものでなく、他人の仏性への信仰や動植物や鉱物にも内在する仏性への信仰もあるんでないでしょうか。
いや、しかし、それは対象が変わっているからちがうのだと仰るかもしれない。__ORの愛の発展段階説は対象が変わっていきました__
しかしそうではない。今世、肉眼であい対峙しうる仏も三つのそしてまた四つの王国の表現媒体をとうして顕現しているのです。
そのような王国の存在に仏性があるからこそ仏陀が肉体をまとわれて下生しえたのであります。(-人-)
各々の王国の存在がもつ上へと次元を破る力と仏の下へとむかう次元をやぶる力が引き合い仏陀の肉体としての応身となっているのではないでしょうか。
信仰は下から上へばかりではなく上から下へも働いているとも表現してみたいとおもいます。

また、仏性は内在する真善美という特質ばかりでなく統合と合一の原理であると断言してみましょう。
信仰が仏性のある種の発現の仕方であるとして__あなたは信仰の素といわれましたね__、仏性が愛や光といった様相をとりつつ下へ上へと強度を異にして発現していくことから、
信仰も同じく顕現の強度を異にして発現していくのではないか。ならば信仰の発展段階説は強いていわなくてもありうるのではないかとおもいますことであります。
信仰は植物の光への成長力にそのあからさまの顕現の端緒がみらるかもしれません。

いや、信仰は相手を 信じる・信じない しかない とか 信仰を一つの意味に限定してくれとは言わないで頂きたい。
言葉は多重なのです…。(−_−)


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