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ザ・KK退会者がもの言うスレット

100RANDY:2006/10/26(木) 20:02:54 ID:5InsqgOk
100式
>>98
>信仰を持つことが、人間としての条件じゃないか

うーん。私は、サヨク的人権派ではないけども、内心の自由は尊重した方が良いと思う。

>エリーは不可知論者だったんよ。

米映画だし、最後は、ハッピーエンドかな。もしそうならエリーが不可知論者で、人類代表に選出されなかったのも、みんな神の導きっていう見方も可能かもしれませんよ。

ところで、この前テレビでみた映画はこんな内容でした。主人公(ハリソン・フォード)は妻が悲惨な事故死を遂げたことで信仰を失った。しかしその後、宇宙人の侵略やら何やらがあって、妻の死とか、この世の不条理が、神の遠大な計画の一部であり、すべてはなるべくしてなったのだと悟り、信仰を取り戻し、宇宙人も撃退し、めでたしめでたし。そんな感じのあらすじだったと思う。

スティーブン・キングの小説にも、この世の悲惨は、人には不合理に思えるけれども、実は神の遠大な計画の一部だった、みたいな感じのはいろいろあるね。『ザ・スタンド』とかそんな感じが濃厚だった。あと題名は忘れたけど、台地の下に、触ると頭がおかしくなる小さな人形が一杯埋まってる話も、そんな雰囲気の話だった。

私は単純だから、こういう小説、映画を見ると、信仰者、無神論者とかそういうのは、みんな神の御業かな、と思ったりしますね。だから信仰者を信仰者として_無神論者を無神論者として固定的に見ない方が得策かなという気もします。
だって信仰者も、無神論者も、永遠にそのままなのじゃなく、変わって行くものだからね。そして変わる時期については、神が絶妙のタイミングを容易してる。

こういう考え方は、運命論的なんで嫌いな人は嫌いでしょうけど、この見方だと、「カルト信者だからダメ!」「唯物論者だからダメ!」みたいな考え方は回避できそうではある。カルトでも唯物論でも、その人にとっては、それが必要な時期だから、それに凝ってるのだろうからね。

蛇足ながら、私は今でも時々、KK信仰を失った頃に、こういう考え方を知ってたらなあ_と思ったりしてます。だってアノ頃は、KK信仰を失ってるのに、「信仰を手放してはだめだ!」と執着してたからね。

「神様はその人にとって信仰が必要なときは信仰を_無神論が必要な時は無神論を与えるだろう」という風に神を信頼できてれば、あんなに葛藤しないで、もっと自然体で、のんびりKK離脱ができたはずでした。
私はこの意味で、信仰の保持にこだわるのは、見方によれば、神を本当には信頼してないことになると思いますよ。


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