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素朴な疑問「聖教新聞について」

30春田の蛙 ◆j/aD5mpE9Y:2005/11/07(月) 11:39:47
「君死にたまふことなかれ」は素晴らしい詩だ、というのは普通の一般常識です。
しかし自由主義史観によく見られる主張に則るなら――与謝野晶子は聖人君子ではありませんし、むしろスキャンダルがありますから、
その点を指摘して、「君死にたまふことなかれ」などを無批判に崇める態度が反戦平和に洗脳されてる証し、と主張した方が理にかないます。

なんで誤魔化してまで、「君死にたまふことなかれ」を自分達の主張の味方みたいに言うんでしょうか?
ガンジー師やキング牧師が、池田氏の側の人間であるかの如く、並べるみたいに。

ガンジーの話に戻りますが、「ガンジーは聖人君子だよ」なら誰もが聞き流す意見です。
けれども「ガンジーのやり方には欠点や問題もあって…」だと、常識とは違います。
説明するには手間も掛りますし、「ホントかな?」と思われる可能性も高い(そう思う事から自分の頭で考え、調べる事を始めて欲しいので、『簡略仏教史』にはガンジーの意外な話が紹介してあるのですが)。

何か新しい主張を受け入れさせる時には、崖を登らせるより階段を少しずつ登らせる方が、抵抗は少ないものです。
多用される手法のひとつは、「君の理解は過ちだ」との断崖絶壁のような否定ではなく、
「君が理解してると今まで考えてた事の意味は、実はこういう事なんだよ」と、解釈を用いる事です。

この手法自体はけして悪ではありませんが、解釈=階段の作り方に悪質な誤魔化しや、登る人には悟られないように、ある利害に都合良い方向へ導く意図が仕掛けられてたら問題です。

そして、孤立した断崖絶壁に囲まれれば、内部は結束するかもしれませんが、同時に不安も生みます。
ですから、見せかけでも外に通じる階段があって、
「自分達のやってる事は外部の常識にも通じる。
 外部の常識にさらに真実を積み重ねたのが、自分達の価値観だ」
と思わせる方が、安心を生むでしょう。

ざっと以上のような点から、私は例に挙げたガンジーと与謝野晶子の問題が、何だか似てるなぁと思う訳です。
世の中のいろんな場所で、わりと似たような事は見掛けると思いますから、ちょっと注意して見てみるのも良いかもしれません。


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