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ペルシア語スレッド

115イスケンデル・パシャ:2004/12/26(日) 09:00
最近 Hafez Farmayan, "A Shi'ite Pilgrimage to Mecca, 1885-1886" Saqi (http://www.saqibooks.com) を読んでいたところ、カスピ海の北側にはキプチャク草原と「the lands of the Khazars」とアストラハンがあるという記述に出くわしました。
このテヘラン紳士のメッカ巡礼記では、まずカスピ海に出て、バクーから鉄道で黒海へ抜け、イスタンブル経由の海路がとられているので、カスピ海についても詳しく触れられているわけです。

カスピ海がイスラム圏では「ハザールの海」(Bahr-i Khazar, Darya-ye Khazar & Hazar Denizi)と呼ばれていることは一応前から知っていました。
今回、「陸地」についても、千年前に滅んだハザール帝国の記憶がなお強く残っているのだと知り、興味を覚えたわけです。

ハザール帝国の中核版図は、黒海とカスピ海にまたがるドン・ヴォルガ・コーカサス三角地帯(http://www.geocities.com/ayatoles/webmap3.jpg の最も濃く塗られている部分)だったようです。
19世紀末のペルシャ知識人がごく自然に用いている「ハザールの地」という呼称も、大体この辺りを指すとみてよさそうです。

そこで皆様にご教示をお願いしたいのですが、カスピ海周辺の陸地をハザールと呼んだ例を、他にみかけたことはありますでしょうか。
それは、いつの時代に、どの地域を指して用いられているでしょうか。


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