[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
雑談スレッド(なんでもOK!!)
94
:
巫俊(ふしゅん)
:2006/03/14(火) 17:48:33
ダラーっと研究のマジョリティ(少数)な分野の文献を書きツケてしまって恐縮ですが、
戦国期:色々な「書」が書かれる。「書」は書籍という意味ではなくて書経という意味。
秦の統一:焼かれて消えた「書」も多いはず。
漢代:「書」を尚書と読んで尊び、現代文で書かれた「今文尚書」と古文で書かれた「古文尚書」が対立する。それ以外の「書」もあったらしい。例えば『尚書大伝』。
晋代:出土文字史料の「周書」が図書館に加わる。書経の研究も進み整理もされる。
唐代:隋書の目録に『周書十卷』汲冢書,似仲尼刪書之餘.- 959 -とある。他に- 913 -には書経関係の書籍の各バージョンがズラーっと並ぶ。
現代:『逸周書』という書経の非常にマイナーなバージョンが伝存。内容からして晋代の出土史料だとされるが異論もあり。
ということです。
>鶴間和幸先生は「徐フツ」は旧斉での伝説であるのに対して、
>「徐福」は旧楚での伝説で徐偃王の伝説とも関連性があるとおっしゃっておられまして
>(「秦始皇帝と徐福伝説」(『西島定生博士追悼論文集 東アジア史の展開と日本』所収))、
>私も同感です。
旧斉と旧楚という線引きは山東から江淮にかけての地域を完全に二分してしまっていますよね。
ここは戦国中期までは、大小の各勢力が互いに抗争してしましたから、「民族」的にも複雑なんですよね。
斉や楚といった大国の覇権下で斉人や楚人としての帰属意識を教育された人もいれば、それ以前の伝承を残してる人もいる、という感じに。
だから姓(ここで呼ぶのは戦国期につくられた架空の古聖王時代の姓)も複雑に配置されていて、徐福伝説もそのひとつなのでしょうか。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板