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漢文翻訳スレッド

49中村:2004/11/30(火) 23:23
(移行対象 投稿日: 2004/11/25(木) 13:42)

巻33を読んでみました。以下、ご検討ください。

鄭沖伝

及高貴郷公講尚書,沖執經親授(高貴郷公(曹髦)の代になって、〔鄭沖が〕尚書の講義をおこなう時、鄭沖は経書を手に持って、親切に講義をおこない、侍中の鄭小同とともにその功労を誉められた)…高貴郷公(曹髦)が尚書を研究(勉強)した時、鄭沖は経書を手に持って、高貴郷公(曹髦)にじかに教え、侍中の鄭小同とともに賞賜をたまわった、の意。「親」は親切ではなく自ら、じかに。

而不預世事(政治には関与しなかった)…世俗のことには関与しなかった、の意。世俗のつきあい、交流などを指すか。

其爲壽光、朗陵、臨淮、鉅平國置郎中令…原文の「博陵」が抜けてます。「其爲壽光、朗陵、臨淮、博陵、鉅平國置郎中令」が正しい。

可謂朝之儁老,衆所具瞻者也(晋朝の賢老と言うことができ、衆人が見本とした)…可謂〜者也、で、晋朝の賢老で、衆人の羨望の対象(衆人が仰ぎ見る人)と言える、くらいの意か。

豈必遂朕憑頼之心,以枉大雅進止之度哉!…この原文に対応する訳文が抜けている。

以壽光公就第(寿光公の官職をやめさせて、私邸に帰す)…寿光公の身分のまま私邸に帰す

第一區(家一棟)…「第」はやはり邸宅と訳すべきか。

(17)原文「明年薨」 『資治通鑑』晋紀二に、「泰始十年閏正月(癸酉)??日、寿光成公鄭沖が卒去した。」とある。 …泰始十年閏正月癸酉は、十一日にあたる(陳垣『二十史朔閏表』)。

(18) 原文「追贈太傅」 武帝(司馬炎)が即位した時に、太傅に任命されているが、死後に再度追贈されている。誤りか?…即位時に任命され、その後辞職して「寿光公の身分のまま私邸に帰」されている。つまり死んだ時はただの寿光公で役職にはついていなかった。そのために死後、太傅を追贈されたのだろう。


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