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漢文翻訳スレッド
36
:
suite
:2004/11/30(火) 22:49
(移行対象 投稿日: 2004/10/11(月) 15:01)
色々読んでみてひとつはっきりしたのが、「職官志」担当者がいなければまずいということです。
現在、5分の2ほど読み下し文が完成して(推測箇所多し)、作業は細々と続いております。
今回は、列伝第八において気づいた点を並べてみようと思います。よろしくお願いいたします。
琅邪王伷伝
●しばらくして〔都〕督青州諸軍事を兼任し、
原文「頃之、并督青州諸軍事」ですが、前に都督徐州諸軍事に任ぜられていることからしても、
都督青州諸軍事であると推測します。
職官志には、「觥督裵軍爲上、監裵軍次之、督裵軍爲下」とあり、都督と督が異種とされています。
ここは、そのまま「督青州諸軍事」と抜き出して、
注に、「都督が正しいと思われる」などと落とされるのが妥当と考えます。
●尚書右僕射に転任し、散騎常侍を加官された(6)。
注に、「恵帝紀」元康元年(二九一)三月の条および『資治通鑑』巻八二には、【略】
とありますが、本紀には主たる事項しか記述されず、その欠を補うのが列伝と思いますので、
この注は不要と考えます。
扶風王駿伝
●〔使〕持節・都督〔雍涼等州諸軍事〕はもとのままとされた。
原文「持節・都督如故」。意味は訳文の通りだと推測されますが、
無理やり読み下せば、「節を持ち都督することは故の如し」でしょうか。
ここは、「節を持ち〔雍涼などの州の諸軍事を〕都督することはもとのままとされた」
としてはまずいのでしょうか。
全体的に思ったのですが、原文「子」は、「息子」などにされたほうが、
より正確と思われますが、いかがでしょうか。
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