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10名無し竜:2004/11/26(金) 00:29 ID:t8wMG1DY
記紀からオーソドックスな継体天皇の伝記をまとめると、
武烈天皇が死んだ後、直系の後継ぎが無かったので
仲哀天皇の5世の孫である、丹波の国の倭彦王を迎えに行ったが
調停が軍を差し向けたのだと思い逃げてしまった。
仕方ないので北陸、近江地方までを勢力範囲としていた男大迹(おおと)王を
大伴金村が中心になって迎えてミカドにしたが、
反対勢力が多く大和に入国できず河内で即位し、
以後20年近く今の大阪、京都周辺を転々とし、
武烈天皇の妹にあたる手白香(たしらか)を后にしてようやく大和入りできた。
大和入りするとすぐに筑紫国造磐井が新羅と手を組んで反乱を起こし
物部アラカビが鎮圧した。

というような内容のことが書いてある。

感覚的には倭の五王の1〜3世代後、
仏教公式伝来の1世代前、聖徳太子の2世代前。


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