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[天国にいる]山田顕義先生と語るスレッド

421ルーツは昭和初期の日本大学大阪専門学校の寮歌 1:2010/08/24(火) 19:49:09

かつては全国のほとんどの大学はもとより、高校にいたるまでひろまっていた
この「○○節(○○小唄)」が日大節もしくは近大節をルーツとしていることは
事実であることが疑いのないことは周知の事実です。

近大節に関しての話ですが、メロディーについては「ラバウル小唄」からきて
いることは賛成もせず反論もせずといったようです。もともと昭和初期に
近大(当時は日本大学大阪専門学校)近くにあった寮の学生らが誰彼ともなく
歌い始めた寮歌があったそうです。それがどういった歌であったのかは資料がなく
はっきりとはしませんが、それが始まりであったそうです。
そして、全国の法商系をはじめとする学生に対する学徒動員令。当時の近大応援団
(もちろん旧制の日本大学大阪専門学校)は学徒動員に対する意気込みを示さんと、
「報国節」という歌をつくりあげました。この歌が後の「近大節」へとなっていきます。
「報国節」という名前からも推察されるように、当時の歌詞には、
「教練服」「御国の道を」「御国のためなら生命までも」といった歌詞でした。
つまりもともとの歌詞の大意は「近大の学生は恐れ知らずのバンカラ学生である。しかし、
ほれたかわいいあの娘には敵わない。そんな俺らも国のためなら命を捨てる。たとえ俺ら亡き後も
俺らの母校の名は残っていくだろう」といった歌でした。当時の応援団は学徒出陣される同輩を見送り見送られ
といった活動をしていたと聞きます。日本大学応援団をはじめ関東各地の応援団や近大の応援団も。
いうならば、応援歌でありながらもともとは出陣の歌であり、顔で笑って心で泣いての歌だったわけです。




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