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[天国にいる]山田顕義先生と語るスレッド

386映画化の構想:2010/06/20(日) 21:19:44
日大の田中理事長は創立125周年に向けた活性化の1つとして
学祖山田顕義の小説化、映画化の構想のある事を桜門市長会で語った。

2010年3月 1日  白川洋次郎
山田顕義という明治の巨人について
私は、映画専門の製作プロデューサーではない。映像コンテンツのビジネスプロデューサーという言い方が一番近いだろう。
メディアに偏らない映像作品を作れるのが強みである。
が、なぜか最近は、映画の話が多い。

そのなかでも、じっくりと取り組んでいるのが、江戸末期から明治にかけて活躍した山田顕義(やまだあきよし)の伝記ものである。
ひょんなことからこの話が持ちこまれたのだが、私の勉強不足で、それまでこの傑物をまったく知らなかった。
山田顕義は、萩の人で、幼少より学問に秀で、吉田松陰の最後の塾生ともいえる人だった。
武術も柳生新陰流伝中許で、藩主の警護隊長を務めたり、禁門の変では、敗れて命からがら長州へ逃げ帰ったりしている。
高杉晋作や大村益次郎にもかわいがられ、下関戦争や長州征伐にも参戦。鳥羽伏見の戦いから戊辰戦争、函館戦争など、
江戸から明治に変わっていく節目節目に活躍をしている。

明治に入ってからも、大村益次郎から学んだ西洋兵法を駆使して、優れた戦術を展開。明治天皇の覚えもよく陸軍中将までのぼっていく。
その間に、江藤新平の佐賀の乱の平定に組し、敬愛する西郷隆盛の西南戦争で、結果的に南州を自刃に至らしめる攻撃をしかけている。
武勇だけでなく、学問にも秀で、岩倉使節団に随行して、欧米列国の力をまざまざと見聞し、
日本国が欧米から圧迫されて締結した不平等条約にも大きな義憤を禁じえず、法律を制定する大切さから特に民法、商法制定に尽力した。
近代化は、教育であるという信念も持っていて、学校もいくつか作っており、伊藤内閣での初代法務大臣(司法大臣)にも就任している。
そして惜しいことに49歳で不慮の死を遂げている。この人物が、戦後、まったく表に出てこなかった。
歴史から抹殺されていたとも言える。(いや私はよく知っているという人もいるでしょうが、その人は、きっと明治時代歴史マニアとも言える人でしょう。)

こういった人物は、調べれば調べるほど、奥が深くて面白い。人物も面白いが、その人物を軸に歴史のダイナミックなうねりをどう表現していくのかが面白い。
司馬遼太郎大先生の「坂の上の雲」は、名作であるが、もしかしたら、同等の価値のある作品に仕上げられるかもしれない。
これから何年かかけて、じっくり醸成させながらものにしていこうと思っている。




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