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[天国にいる]山田顕義先生と語るスレッド

261木造軍艦:2009/03/24(火) 23:14:54
日清、日露の海戦の陰の立役者、山田顕義

 日露戦争の時、日本海海戦で大活躍した東郷平八郎は有名。でも誰も知らないと
思いますが、立役者は他にもいるのです。山田顕義、伊藤博文、山県有朋等です。

 明治15年前後、薩摩藩出身の川村純義海軍卿を更迭し、山田顕義海軍卿を確立
しようとした事がありました。つまりさつま芋は頭が悪いからダメだという事です。
最後は、山田さんに川村さんが詫びを入れる形で、川村さんの続投が決まりました。

 一言で言えば、薩藩のリ−ドする海軍は、近代化が遅れたうえに更に計画性がない
ドンブリ勘定でお話にならないという事。長州派の堪忍袋の緒が切れたと言う事です

 当時、川村海軍卿はない頭を絞って海軍の充実を計り、大井川奥の木材を
大量に購入して、木造の軍艦造りに邁進しています。
静岡県焼津市の御用商人、増田与之助に命じて大量の木材を横須賀の海軍基地に
運んでいます。( 与之助の奥さんの実家は伊豆湯ヶ島町の旅館落合楼です!。)

 これに反発したのが、山田顕義、伊藤博文、山県有朋です。
なにしろ伊藤と山田の両人は、知恵のかたまりと言われた頭脳の持ち主です。
長州派の怒りを買い、木材の購入は中止され、御用商人は40万円もの
多額の負債を出して倒産、海軍の木造軍艦造りは失敗します。

 この後、陸軍に続き、海軍の近代化は、長州派の指導で急ピッチで進められ
日清、日露の海戦の大勝利に結びつくのです。 でも木造軍艦でロシヤ艦隊と
戦おうとしたなんて・。今となつては嘘のような本当の話です。




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