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独り言スレッド3
70
:
沖浦克治
◆V.rL30nGVA
:2008/07/07(月) 22:18:06 ID:JyFKwXV60
私は、池田先生と約束を致しました。
私が直接ではなく、私の演出家の田山先生を通じてです。
演出家は20歳そこそこのころ、文化際の演出家としてデビューされました。
その後、次々と創価学会の、文化際、演劇際、音楽際、合唱際、等を担当され全てを成功に導いたのです。
ある時田山さんは、池田先生からじきじきに肩を抱かれ、
『創価文化の担い手になれ。
君がそれをやれ!』(趣意)
『うちから天才が出た』(趣意)
と、直々の激励がありました。
社会では弁護士か公認会計士を目指し、組織では部長(当時は部隊長)を目指してた彼は、その一言で人生の目標を文化の旗手一つに定めました。
学校も辞め、ひたすら修行に明け暮れます。
その頃付いたあだ名が、只見の山ちゃん。です。
舞台は教えてくれる人は居ません。
それで大きな劇場の守衛さんと仲良くなり、仕込みの始まる時間から客席に入れてもらい、じっと本番終了からばらしまで、毎日毎日見て全てを覚えたのです。
私はこの方と30年間一緒です。
池田先生を創価学会が、勇退と。いう名の活動停止処分にした時、今後この方を助けて活動をする事が自分の仏道修行と定めました。
演出家を通じての、池田先生との約束をしたのです。
その後、創価学会は、宗門にもてあそばれ、裏切り者にずたずたにされ、何時しか文化運動などは消滅いたしました。
しかし、池田先生とのお約束はそのままです。
もういいんだよ、よくやった。とは、言われていらしゃらないのです。
ですから、私達は師匠との約束を果たすべく、自前で運動を続けて来ました。
師匠の何気ないかもしれないたったの一言。
それだけを胸に30年以上、創価学会がどうあろうと一歩も引かなかった演出家。
どれほどの孤独か。
どれほどの貧困のどん底か。
どれほどの苦労をなされたか。
知ってる人いませんよ。
組織で守られている人にわかるわけないじゃないですか。
本日の人間革命にイギリスのコーストン理事長のお話が出ています。
『今度はロンドンでお会い致しましょう。』(趣意)
この先生のたったの一言で、コーストン氏はロンドンに帰り、イギリス創価学会の旗揚げをなさいます。
当然組織なんかありません。
ゼロからのスタートをなさいました。
田山さんも全く同じなんですよ。
ご苦労わかる人なんかほとんどいませんね。
私共は、昨年ようやく念願の熱原の三烈士公演を行うところまでやってきました。
やっと、スタートラインにたどり着いたのですよ。
私と田山先生が倒れれば、耕治が後を継ぎます。
そのための耕治ですよ。
そのように育てました。
あの子はね、腹の据わり方が最初から違います。
師匠ならどうなさるか?
私達はね、火達磨になっても創価文化の旗は降ろしませんよ。
そのための残りの人生です。
私が世界を取ったのも全てこのためです。
世間と対等に話をするための手段です。
だから、何でもよかったのです。
池田先生は言われました。
『い出よ、十万人の池田大作!』
これですよ。
先生は名誉市民をいくつ??
会合の前に立って得意満面で話す方、貴方いくつ取ってるんですか?
それでも貴方、弟子ですか??
私はいつもそのように思っています。
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