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樋田氏との法論に関して
610
:
風神
:2007/10/02(火) 15:14:35 ID:aCmQey5Y0
いつものクセで突然、ごめんなさい。(笑)
以下、私見を少々。
創価学会は巨大宗教団体です。それぞれの考え、人間関係や事情、色々なものがあって創価学会の現場の組織活動についていない、またつけない、つかないという人もいます。もちろん、純粋真っ直ぐに、現場でコツコツ地道に頑張り、地域広布のために献身的な貢献をされている人の方が圧倒的です。
では、きちっと組織についている人達の「純粋真っ直ぐな論理」で、日常活動をやってない人達をバッサリと切り捨てたら、私の感覚ですが、おそらく世帯は今の五分の一以下でしょうね。簡単に立正佼成会に抜かれるでしょう。
創価学会は今どういう状況下に有るかといえば、「有事・非常事態下」にあると認識します。
しばらくお年寄りのお宅に伺わなかったら、日顕本尊に取り替えられていた。聞けば法華講員が頻繁に訪問している。
最近子供が勤行をやりだしたので、嬉しいものの気にかかり、お経本を見たら「富士大石寺顕正会」と書いてあった等々、こういった話が日常的にあります。
ちょっと油断していたら日蓮正宗、富士大石寺顕正会の両宗教法人に会員を持っていかれてしまう状況、正に有事が、特に平成3年以降、続いていると思います。
「今そこにある危機」というものは、日常生活の中にあります。
三沢抄 建治四年二月
たとひ明師並に実経に値い奉りて正法をへたる人なれども・生死をいで仏にならむとする時にはかならず影の身にそうがごとく・雨に雲のあるがごとく・三障四魔と申して七の大事出現す、設ひからくして六はすぐれども・第七にやぶられぬれば仏になる事かたし、其の六は且くをく・第七の大難は天子魔と申す物なり、
辧殿尼御前御書 文永十年九月
第六天の魔王十軍のいくさををこして法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土をとられじうばはんとあらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵ををこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし、
この御文のとおり、今は第七の大難の渦中、「生死海の海中にして同居穢土をとられじうばはんとあらそ」っている渦中なのです。
このような時は
南条殿御返事 建治二年正月
法華経にそら事あるならば、なに事をか人信ずべき、かかる御経に一華一香をも供養する人は、過去に十万億の仏を供養する人なり、又釈迦如来の末法に世のみだれたらん時、王臣万民心を一にして、一人の法華経の行者をあだまん時、此の行者かんぱちの小水に魚のすみ、万人にかこまれたる鹿のごとくならん時、一人ありてとぶらはん人は、生身の教主釈尊を一劫が間・三業相応して供養しまいらせたらんより、なを功徳すぐるべきよし・如来の金言分明なり、日は赫赫たり、月は明明たり、法華経の文字はかくかくめいめいたり、めいめいかくかくたり、あきらかなる鏡にかを・をうかべ、すめる水に月のうかべるがごとし。
危機・困難に直面している和合僧=創価学会を、会員一人ひとりを断じて守らんと「一人ありてとぶらはん」精神で、「権門をかつぱと破りかしこへおしかけここへおしよせ」の破邪顕正の実践あるのみでしょう。
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