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樋田氏との法論に関して

519 沖浦克治:2007/08/27(月) 06:08:08 ID:637Bifnw0
 もし樋田さくら君が、本尊もどきコピー製作ヒラヒラを謗法ではない。と、絶対の自信があったならば、私と耕治にその大謗法を呵責されて、縮こまってコピー漫荼羅もどきの隙間に隠れはしませんよ。

 シマッタ〜!!
 馬鹿なことやった!!
 相手が悪かった!!

 この瞬間、彼の増上慢は消し飛び、臆病者の本質がさらけ出されたのです。
 何万人という人が映像をみておられます。
 ごまかしが効く醜態ではありません。

 樋田さくら君のあの大謗法が正しい行為と言い訳される皆様方は、どのような理由で彼が漫荼羅もどきの隙間に、小身となって縮こまったのか?
 納得の行く言い訳でも考える事ですね。
 彼は、その大謗法を耕治と私に厳しく呵責をされ、無熱池の蓮の穴の中に小身となって隠れたわけです。

 今もそのままですよ。

 修羅はね、普段物凄く大きく見せかけているのです。
 然しながら実態は臆病で小さいのです。
 日蓮大聖人様は仰せです

 『諂曲なるは修羅』
 (観心本尊抄)

 即ち、へつらい曲がった精神の持ち主で勝他の念に執着し、他より劣ることに耐えられない状態をいい、また他を軽んじ己を大切にする状態をさします。

 樋田さくら君の法論要請の文章はこの御文そのままですね。
 誰でもかかって来い!と、大きく見せながら、一度呵責されば小身となって小さく小さく縮こまり出てきません。

 相手の不在の時を見計らい、

 ようやく時間が取れました。

 などと、稚拙な駄愚論を貼り付け、相手が現れると隠れ縮みます。
 修羅そのものですね。

 創価学会を惨めにもこぼれ、落ちぶれ果てて宗門に走るような不心得者の末路です。
 反面教師と致しましょう。

 そして、今もなお、樋田さくら君は、無熱地の蓮の中にいるんですよ。


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