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雑談スレ
697
:
正樹
◆6z10n91cnw
:2007/07/31(火) 22:35:33
−122頁〜124頁−
二組の司令部を競わせれば、官僚制の弱点を補える
“ゼロ戦”とマリアナ沖海戦に見られる日本海軍の問題点は、
官僚主義による制度疲労で、意思決意機構がまともに機能しなく
なっていたことである。それは、丁度現在の日本の官僚制度が抱える
問題と共通している。
官僚制の致命的な弱点を、どう制度的に補えばいいのかだが、
その一つは「ツー・プラトーン・システム」だと思う。前は、艦載機の
パイロットや艦船の乗組員のことで話したが、このやり方を司令部でも
やったらいい。二組の司令部を作ってお互いに批判的な目で相手の
やり方を見て、新しい戦い方を工夫するのである。良きライバルが
あってこそ、お互いの力が向上する。
よく「小沢治三郎の登場は遅過ぎた。何でもって早く南雲忠一と
交代させなかったのか」と言われる。小沢さんは早くから嘱目されて
いたにも関わらず、いつも南雲さんの後釜だった。
如何に、海軍の組織が硬直していたかと言うことでの、一つの
象徴的な例だが、そこで「小沢さんを抜擢する」と言う考え方の
他に、もう一つ、最初から機動部隊に小沢司令部と南雲司令部を
2つ作っておくと言う考え方があっても良かったのではないか。
真珠湾攻撃を南雲司令部がやったら、ミッドウェー作戦は小沢
司令部がやると言うふうに、交代でやらせれば良かった。
アメリカは、現にそういう形でやっていた。同じ機動部隊を、
スプルーアンスとハルゼーが交代で指揮を執っている。休んでいる
方は、「次は俺の番だ」と思って一生懸命にプランを練っている。
そして休みが明けたら勇躍任地に赴く。戦い終えてくたびれて帰って
来た方は、「やれやれ」と言ってハワイで3ヶ月ぐらい休みながら
次の戦術や戦略を考える。
ところが、日本はそう言うやり方ができなかった。
その点、江戸時代の日本は、裁判所まで交代制にしていた。北町
奉行と南町奉行が一ヶ月交代で当番をやり、町人は公正だと思われる
人が当番のときに告訴したから、それがそのまま勤務評定になった。
『「ゼロ戦」でわかる失敗しない学』(WAC:日下公人)
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