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夫婦で読む!
離婚・再婚の損得
【13/09/28号】 2013年9月24日
週刊ダイヤモンド編集部
■条件闘争の末 子どもとの面会は
年1回という現実
「パパとママって離婚したんだよね。元には戻れないんでしょ」
公園のジャングルジムに登り、はしゃいでいた息子が、ポツリと漏らした言葉に、川口隆一さん(仮名・36歳)は、心臓をわしづかみにされたような感覚になり、うなずくことしかできなかった。
元妻(34歳)と結婚したのは、10年前のこと。交際から1年で妊娠を機に婚約をした、いわゆる「できちゃった婚」だった。
円満だった夫婦関係にひびが入り始めたのは、結婚から1年後。東京の本社から、茨城の支社に転勤になったころだ。
転勤直後から、川口さんは仕事に追われ、深夜に帰宅し早朝に家を出る日が続き、元妻と息子の寝顔しか見ることができない状態だったという。
一方で、会社を辞め、社会との接点が薄くなった元妻は、夫が家におらず両親や友人の助けもない中、「育児ノイローゼ」のような状態になっていった。
転勤から10ヵ月後。すれ違いの生活で、顔を合わせれば口論になる状況に耐え切れず、元妻は息子を連れて実家に帰ってしまう。
川口さんはすぐに元妻の実家に出向き、忙しさを言い訳に家庭を顧みなかった自身の行いを土下座してわびたという。しかし、両者の間に生まれた深い溝を、埋めることはできなかった。
それから、正式に離婚に至るまでは3年もの月日がかかったが、その間は「生き地獄のようだった」と川口さんは語る。
仕事をしていても、常に息子の顔が脳裏に浮かび、街中で小さい子どもの姿を見かけるだけで、胸が張り裂けそうになる。そのため、家族連れが多いショッピングセンターや公園には、しばらく近づくことさえできなかった。
息子との関係が完全に断ち切られるような恐怖感から、冷蔵庫にある離乳食は、賞味期限が切れても2年以上捨てることができなかった。また、息子を力の限り抱き締めていたと思ったら、景色が次第にぼやけ、気づけば号泣しながら夢から覚めるといったことが何度もあったという。
別居から約2年後、元妻に手紙や電話をしても音信不通になり、息子の声すら聞くこともできない日々の中で、川口さんは話し合いによる協議離婚を諦め、家庭裁判所を通じた調停離婚を進めることを決意する。
計8回、1年近くに及んだ調停の中で一番の争点になったのは、息子との面会だ。
当時、民法には子どもと会う権利、面会交流に関する権利が明文化されておらず、子どもと会えるかどうかは、事実上、親権を持つ親の意向に大きく左右されていた。
川口さんは、離婚した家庭の半数以上が月1回の面会を実施していることから、同様の要求をしたが、元妻側は年1回の面会を主張し譲らなかった。さらに、面会に際しては必ずNPO法人の担当者立ち会いの下でとの条件を提示された。
「今回の調停で合意できなければ、正式に裁判になります」
8度目の調停の冒頭、初老の調停委員が発した言葉は重かった。
終わりの見えない「条件闘争」の日々に、精神的な限界を感じていた川口さんは、養育費を世間相場より減額する代わりに、年1回の面会をのんだ。そのまま調停証書にサイン、即日、調停による離婚が成立した。
別居時に、1歳にも満たなかった息子と再会したのは4歳になってからだ。見違えるように大きくなった息子が、気恥ずかしそうに「パパ」と声をかけてきた姿を見て、涙が止まらなかった。
川口さんは現在も、年1回、3時間程度の面会を続けている。息子はすでに9歳だ。一緒に遊んでいる間は元気にはしゃいでいるが、NPO法人の担当者に連れられて帰る際、後ろを振り返りながら浮かべる今にも泣きそうな表情が一番つらいという。
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