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(stzz) MIDIファイル(音楽)・・・

3名無しさん:2004/06/16(水) 10:12

5 名前: 男は黙って「名無し」ビール 投稿日: 2004/06/16(水) 07:39

http://www3.plala.or.jp/eucaly/midi/midi.htm
midi たんぽぽ
門倉 訣作詞 堀越 浄作曲

http://www.asahi-net.or.jp/~kx8y-hgmt/midi/tanpopo.htm
(一)ゆきのしたの ふるさとのよる
   つめたいかぜと つちのなかで
   あおいそらを ゆめにみながら
   のはらにさいた はなだから
   どんなはなよりたんぽぽの はなをあなたにおくりましょう
   どんなはなよりたんぽぽの はなをあなたにおくりましょう

これは普通の童謡なの? ある種の政治がかった曲に思えるのだが。


6 名前: 男は黙って「名無し」ビール 投稿日: 2004/06/16(水) 07:48

「♪わたしの国には山がある、おいで一緒に私たちと・・」 という美しい曲がある。
「うたごえ喫茶」では歌われたのだろうか。これも今では共産党の人しか歌わないのではないだろうか?

http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/oide.html
おいで一緒に
【作詞】パブロ・ネルーダ Pablo Neruda
【作曲】ディナ・ロッド
【訳詞】麦笛の会・笠木 透

*私の国には 山がある おいで一緒に わたしたちと
 私の国には 川がある おいで一緒に わたしたちと

1.山にのぼるのは 悲しいから おいで一緒に わたしたちと
  川をくだるのは 淋しいから おいで一緒に わたしたちと


7 名前: 男は黙って「名無し」ビール 投稿日: 2004/06/16(水) 10:04

http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/tomoshibinoseishun.html

http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/utagoehistory.html
最盛期は70年安保を控えた60年代,しかし、70年が何となく過ぎ去ってしまい大衆運動が凋落するとともに「日本のうたごえ」運動は衰退して行きました。
その傾向は、1967年頃、佐良直美「世界は二人のために」のヒットあたりからではないかと思います。それまでは、「みんなで団結してがんばろう!」的な考え方が組織運動を支えていたわけですが、個人主義的なこのような歌が流行ってくると、

http://www.nnn.co.jp/essay/sansyu/essay0306.html
日本の各地でこの運動の中心になっていたのが日本共産党系の青年団体だったということを私が知ったのは、卒業して随分経ってからのことだった。当時の学生は故郷をしのび、友人を思い、何よりも、カネがなく、娯楽にも乏しかった時代に一緒に声をだして歌う、ただそれだけを楽しみ、共産党に拒絶反応を持っていた若者がほとんどだった。

いまでも、「うたごえ喫茶」は存在するようだ。
http://camp.ff.tku.ac.jp/YAMADA-P/rem/n1998.html
うたごえ喫茶へ行く。(12月)
 前から気になっていた新宿の「ともしび」へ、古くからの常連であるK氏の案内で出かけた(K氏とは、松江市の繁華街で、深夜、一緒に「インターナショナル」を高歌放吟した)。ある程度予想されたとはいえ、一種のカルチャーショックを受けた。「民族誌的現在」の誤謬を犯してはなるまいが、論じられるべきことがいろいろあるように思った。


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