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ノーベル賞 「作家」 大江健三郎_
1
:
名無しさん
:2004/04/29(木) 01:50
自慢と自慰のノーベル賞 「作家」 大江健三郎 を語ろう!
大江 Bashing は可。 大いに可。 えらーい ノーベル賞「作家」だから。
有名人の息子さん(音楽家)の話もある程度なら可。(有名人だから)
本多勝一「日本語の作文技術」 は
究極 悪文の見本として 大江健三郎の 論説文(長文の1センテンス)が 引用してるのが笑える。
3 名前: 名無しさん 投稿日: 2004/04/29(木) 01:35
私も万年元年のフットボールあたりから読まなくなりました。
4
本多も本の中で言ってるが・・・
小説だったらどんな長文・悪文でも良いが(読まなきゃいいだけ)、
論説だったら解りやすく書けよ、ということ。
実は、大江の論説も(小説の同じで)カスなんだが。(単なる自慢と自慰)
2
:
名無しさん
:2004/04/29(木) 06:03
[567] Re^2: 2号、#2516に関連して(長文。議論の進め方についてです) - 投稿者:ST初心者 投稿日:04/03/24(Wed) 09:06:52
566へのコメント
(日付に注目: 一ヶ月以上前のことです)
「議論の進め方」について私が興味があるのは、以下のことです。
大江健三郎の議論の進め方:
1.私の知る限り、重要な問題について大江健三郎は議論をしていない。
(些細な文学的議論はしているかもしれない)
2.大江健三郎は常に「私は偉い人間だからお前などとは議論する必要がない」という態度をとる。
3.大江健三郎は常に、批判には答えない。批判を無視する。
4.大江健三郎は(批判が無視できない場合には)批判者の言論を抹殺しようとする。
例1:ヤスケン事件
例2:最近の「週間朝日」事件
(以上までが 投稿日:04/03/24)
_________________________
大江健三郎 は議論しない。 批判には 「言論抹殺」 で答える。
言論による批判 に 言論による反論 で答える自信がない。
http://book2.2ch.net/test/read.cgi/book/1081368341/l50
190 :吾輩は名無しである :04/04/27 10:19
■2002/11/29(金)虫の書評、打ち切りか?
週刊朝日の匿名書評、「虫」の書評が打ち切りとなる公算が大きくなった。今週発売の週刊文春12月15日号によると、虫の「憂い顔の童子」批判が来年からの連載が決まっていた大江健三郎を怒らせ、12月1日付けで加藤明編集長が更迭されるという。
記事自体は連載がどうなるかにはまったく触れていないが、このぶんでは虫の書評も打ち切りだろう。来週発売の週刊朝日は本来ならば虫の書評が載る回だが、果たして何か載っているだろうか。
大江の連載に読者がつくかどうかは知らんが、私は関心がないから絶対に読まないだろうと断言できる。
虫の書評には賛否両論あるにせよ、久々に登場した面白い書評であったことは事実。私は毎回楽しみにしていた。打ち切りで週刊朝日が上向くことはまずあるまい。
虫の書評タイトル一覧
http://homepage2.nifty.com/bookbookbook/zakkan5.htm
■2002/12/03(火)「週刊朝日」編集後記からにじみ出る無念
今日発売の「週刊朝日」12月13日号の加藤明編集長の編集後記。
「なんか『週刊文春』に載っていましたが、私、12月1日付で編集長をお役御免になりました」
もちろんこれは11月29日の日記に書いた記事のことだ。普通、こういう場合、ライバル誌の記事には触れないだろ。あえて触れるところにこの人事が正常でないことがにじみ出ている。
あとは在任中にうれしかったことなどあたりさわりないことをつづっているが、突然の解任への無念が感じられる。
私の印象では、週刊朝日は文春や新潮に比べ、記事そのものは面白くない。だがコラムは面白いものがあるので買っているわけだ。
虫の書評は面白かった。これは明らかに加藤編集長時代の功績である。ところがこの虫の書評を理由に解任されてしまった。これを機に週刊朝日が上向くとはとても思えないが。
3
:
名無しさん
:2004/04/29(木) 15:40
大江さんの場合、エッセイと小説では文体が全く違います。
大江さんの関係代名詞を多用する日本語は、日本語としては
たしかに悪文ですが、彼の作家としての文体と言う意味では
問題ないと思いますし、英語になれている読者には
意味を取り違えることがなく、かえって、わかりやすい文体で
あると思いますよ。
エッセイを読んでみれば、大江さんがどんなに読みやすい文章を
書くかわかりますね。
4
:
名無し
:2004/04/29(木) 17:40
A big fire broke out on the upper twenty.
の、on the upper twenty
は、どういう意味でしょうか?
よろしくお願いします。
5
:
名無しさん
:2004/04/29(木) 20:36
文脈無しにこんな事に答えさせるのは日本(その他)のテストだけでしょう。
A big fire broke out on the upper twenty.
A big fire broke out on the upper twenty Floorsのこと?
on the upper twenty
が On The Upper East Side (NYC)のようにある地区を指してる感じもする。
(数日の内に
>>4
、5は別のスレッドに移します。)
6
:
名無しさん
:2004/05/13(木) 04:07
172 :吾輩は名無しである :04/04/25 17:54
図式的な少女趣味
大江健三郎『同時代ゲーム』新潮文庫
海外でほとんど訳書も出ていなかった著者が、なぜノーベル賞を受賞したのかは、今もって謎である。
世界的な評価を得ている日本人の小説家といえば、三島由紀夫と安部公房、それに最近では村上春樹ぐらいだろう。
川端康成の受賞も「三島由紀夫の空席が回ってきた」といわれたが、その類推でいうと安部公房が死んだために空席が回ってきたのだろうか。
著者は一時、ノーベル賞の候補者を推薦すると自称していた矢野暢と仲よくしていたというから、その効果があったのかもしれない。
いずれにせよ、佐藤栄作と並ぶ恥ずかしいノーベル賞である。
しかも、海外で評価される作品も『万延元年のフットボール』までで、それ以後はほとんど話題にならない。客観的にみても『個人的な体験』や『万延元年』は傑作といえるし、
後年の作品でも『雨の木』の連作のように肩に力を入れないで書いた短編には見るべきものがある。
しかし本書のように「同時代」への意識が過剰な作品は、読むに耐えない。
学生から職業作家になった著者には切実なモチーフがなく、「社会的」なテーマを頭の中で作り出して書いているからである。
30歳のときに書かれた『万延元年』が最高傑作とされるのは、著者の思想的限界を象徴している。
特に本書が著者の最低の駄作とされる原因は、当時、著者が傾倒していた山口昌男氏の「道化」論を小説に丸ごと取り入れたことである。
登場人物にそれぞれ文化人類学的な位置づけが与えられ、「祝祭」とか「異化」とかいう言葉が小説に出てくるのは、鼻白むのを通り越して腹が立ってくる。
最良の作品というのは、山口的な図式を乗り越えるところに意味があるのに、作家自身がその図式で書いていたのでは、話にならない。
本書には『ヒロシマ・ノート』以来の「核戦争の恐怖」のモチーフもあるが、こういう「非武装中立」の少女趣味が日本の民主主義をだめにした害毒は計り知れない。
最近の「歴史教科書」問題でも、著者は例によって自分の子供を引き合いに出して「弱者」への配慮がどうとかいう見当違いな批判をしていた。
作家としてはともかく、戦後民主主義の生み出した最悪のイデオローグとしては歴史に残るだろう。
7
:
名無しさん
:2004/05/13(木) 04:15
【社会】大江健三郎が「薄笑いの首相」と日本外国特派員協で首相答弁を批判★2
ソース:
http://www.asahi.com/culture/update/0305/007.html
300 相変わらず外国で日本の悪口言うしか能が無い香具師だな
302 あんたの薄ら笑いも相当なもんだよ。大江
303
大江健三郎が生涯を通してやってきたこと
1。薄笑いの表情で 文芸春秋と岩波に媚びる。(両方に媚びる離れ業ができたのは大江のみ)
2。薄笑いの表情で 外国の有名作家に媚びる。
3。薄笑いの表情で 外国のジャーナリズムに媚びる。
大江が日本人(文芸春秋と岩波)に媚びる際には「原爆」の話をする。
大江が外国人に媚びる際には「南京大虐殺」などの話をして日本人を罵倒する。
今週、東京で3を また やったのか。
304 文学者が政治を語るインチキ臭さを知れよ。 大江、ボケた?
305 歌舞伎町でうろつく蓋え[大江]目撃したと友人が申しております。
8
:
名無しさん
:2004/05/13(木) 05:25
大江健三郎 と 矢野暢 : 人間性でも行動パターン(虚名欲・西洋人に媚びる)でもピッタリの二人だ。
>(大江は)ノーベル賞の候補者を推薦すると自称していた矢野暢と仲よくしていたというから、その効果があったのかもしれない。
大江健三郎 が 矢野暢と仲よくしていたとは初耳だが、
人間性の面でも行動パターン(虚名欲・西洋人に媚びる)でもピッタリの二人だ。
http://www1.kcn.ne.jp/~yossan/Tulips/0007080112.htm
京都大学の矢野暢っていう教授から女子学生、それから秘書への強姦・セクハラ事件だったんです。
この京大の矢野事件で性暴力の裁判は非常に転換点というか、変わったと思います。
私は甲野乙子さん−偽名ですけれども。プライバシーがあるので、偽名ですけれども−、矢野(私は呼び付けになるんですが)の強姦被害、学生時代に強姦されて、それからずーっと意に反したセックスを強要され続けてきたんですね、数年にわたって。
そこから告発できたのは、またもっと後です。全体からしたら10何年かかっているでしょう。彼女の裁判が始まったころからのカウンセラーです。
9
:
名無しさん
:2004/05/21(金) 01:11
大江の以下の文章を読むと、数年前にやっと Lolita が楽しく読める英語力になったのがうかがえる。
一生、背伸びして虚勢を張ってきた劣等感コンプレックスの塊(かたまり)のような大江健三郎。
その大江健三郎は、晩年になってやっと読者に読みやすい文体で
文章を書き、そして虚勢を張らずに自分の感じる事を素直に書くことが出来るようになってきたのが判る。
> 601 :吾輩は名無しである :04/05/09 14:27
> ナボコフという、いまや二十世紀最大の小説家と書かれた広告を見ても
> あまり違和感のない大作家に、しかし正面から向き合ったのは、五年前からだ。
> 『ドン・キホーテ』についての篤実かつ奇矯な講義をおさめた大きい本を
> プリンストンの書店で見つけ、つい買ったのに始まって、いまでは鱗翅類の
> 研究をめぐっての本を除き――当然のことながらロシア語の本も除く――
> それ以後目についたものを手に入れなかったことはなく、読み通さなかったこともない。
>
> まだ学生だったはずだが、『ロリータ』の翻訳を読んだことは確かなのに、
> むしろそれが災厄をなして、私はナボコフを軽視してきた。このようにして
> ナボコフを熟読するようになってから、私は信頼するロシア語の専門家の女性を
> 新聞社のパーティーで見かけ、そういうところも自分の子供じみたところだが、
> 早速ナボコフの話をしようとして、敵意のこもった反応を引き出した。そのこと自体が、
> 彼女への敬意を、複雑なかたちにであれ深めることにもなった。つまりは歴史のなかの
> ナボコフの一筋縄でゆかないところをよく知っている人にちがいないのだから。
>
> 『ロリータ』にしても――その翻訳の新潮文庫がなお生きている以上、ここで
> そうしたことを書くのは礼を失しているが、続々現れている優秀なナボコフ研究の
> 若手によって訳し直されることを望む――私はアルフレッド・アッペル・ジュニアの
> 註釈付きテキストを手に入れて、初めて心から楽しむことができた。
> 活字が大きく老眼鏡がいらないので、水泳のクラブに行く電車のなかで読む本
> にしていたが、隣り合わせて座った若い人がひとりならず怪訝な表情を示すので、
> 手製のカヴァーをかけたものだ。
> 「難関突破(ブレックスルー)」 大江健三郎 新潮6月号
>
>
> 602 :吾輩は名無しである :04/05/12 22:52
> オーケン、また文体変わってきたかな?
>
>
> 603 :吾輩は名無しである :04/05/13 22:35
> 新訳を出して欲しい、という部分には同意。
>
>
> 604 :吾輩は名無しである :04/05/14 18:37
> いい翻訳仕事できる人いるのかな?ナボコフって日本語翻訳者には
> 恵まれてないかも。翻訳で読むなっていわれそうだけど・・・。
> 最初に買ったナボコフが翻訳最悪の「賜物」だったんでよけいそう思う。
>
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