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■■しんかいそくです・社会学部 卒業生です・6号館にします■■
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:
龍谷人@また〜り
:2011/04/17(日) 12:22:58
しんかいそく(1982年8月8日- )は、日本の廃人。大阪府摂津市出身。
経歴
■中学・高校時代
公立中学校在学中にひどいイジメに遭う。同級生から土足で顔面を踏みつけられたとき、生きることの無意味さを自覚したという。公立高校を受験したが不合格。滑り止めの私立高校に入学。在学中に作成した論文「人はなぜ携帯電話を持つのか」が学校の優秀賞に選ばれる。他人に認められる喜びを知り、大学の志望学部を社会学部に絞る。音楽が好きだったこともあり、音楽社会学を学べる関西大学を第一志望とするが不合格。滑り止めの龍谷大学に進学。大学進学が決まった高校最後の春休みに宮台真司の著書に出会い心酔する。宮台真司の主張は、現在に至る思想的土台となった。
■大学時代
龍谷大学在学中にしんかいそく(注:JR西日本(西日本旅客鉄道)が東海道本線で運行する新快速を平仮名表記したもの。)名義で主に龍谷ちゃんねる(ライブドアが運営する「したらば掲示板」上に設定された、龍谷大学生およびOB・OG対象の掲示板)で活動開始。一部ではあったがカルト的な注目を集めた。亀山佳明のゼミに入ったものの、ゼミのメンバーを馬鹿にしてほとんど付き合わず、指導教官である亀山とも激しく論争するなど、ゼミの中ではかなり浮いた存在だった。大学時代は、大学院に進学することは考えず、普通に就職しようと就職活動を開始。在学中に精神を病み、日常的に薬品と縁のある生活であったため、就職先を製薬会社、志望職種をMRに絞ったものの、悉く不採用となり、MRの道を断念。その後も就職活動を続け、中堅の建具メーカーから採用内定を受け取った。
■サラリーマン時代
2005年4月、準大手建具メーカーに就職。翌年早々に退職。退職理由について、当初は、給与の低さと会社の将来性の無さであると龍谷ちゃんねる上で主張していた。2ちゃんねる等で同社への誹謗中傷を継続的に展開していたが、しんかいそくの同期社員から反論の書き込みが行われた以後、同社への誹謗中傷を中止。その後、しんかいそくが同社の社員時代に開設していたブログでの自身による書き込みから、実際には仕事が全くできないため、与えられた仕事はFAXの受送信と事務室内の清掃程度しかなく、日々、上司から罵詈雑言を受け続け、辞表提出を余儀なくされたことが判明した。以後、しんかいそくには、口だけ達者な無能者という評価が定着することとなった。専門商社に再就職したが、早々に退職。やはり仕事が全くできないため、退職を余儀なくされたと、しんかいそく自身がインターネット上の掲示板で述べている。そのころには顔から表情が消えるなど、精神的に追い込まれ、多量の薬物を摂取する日々が続く。専門商社退職後は事務職を避け、主に肉体労働系の職に2度就くがこれも短期間のうちに退職。さらに精神的に追い込まれ、多量の薬物と飲酒を続けるなど、自暴自棄の生活を続けた。
■大学院時代
2009年、親を説得し、親から入学金および授業料等を借りて、社会人入試枠で社会学系大学院に進学。その際、30歳までに自宅から退去する旨の証書を両親に差し入れている。大学院在学中は自分の居場所が確保されたこともあり、やや精神的な安定を取り戻すものの、全快するには至らなかった。このころ、頻繁に関学ちゃんねる(ライブドアが運営する「したらば掲示板」上に設定された、関西学院大学生およびOB・OG対象の掲示板)に書き込みを行い、同ちゃんねるには欠かせないピエロ的な役割を演じていた。しんかいそく自身、大学の専任職への就職を強く希望している旨、関学ちゃんねる上でたびたび書き込みを行っていたが、大学院後期課程(博士課程)の試験に失敗(不合格)。両親に来年の受験を目指して1年間の猶予(生活支援)を申し入れたが、逆に両親の逆鱗に触れ、大学院の授業料等の一括返還および自宅からの退去を強硬に求められ、後期課程への進学および研究者への道を断念した。 2011年3月23日、自宅から退去。
■現在
行方不明。
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