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キリスト教と美・2

7chiara:2004/02/20(金) 22:46
ええと。サヴォナローラでしたね。
14世紀末期〜15世紀初頭にかけて既存の修道会の中で多くの改革運動がおきます。
フランシスコ会においては改革派、後のOFM(小さき兄弟会)が生まれ、コンヴェンツァルと
別れる母体が登場しますし、ドメニコ会でもジョバンニ・ドミニチという人が厳格派を形成します。
フィレンツェに行かれた方は判ると思うのですが、フィレンツェにはドメニコ会には、
サンタ・マリア・ノヴェッラとサン・マルコの2つの修道院が存在しています。
これは前者が穏健派で、後者が厳格派なのですね。天使の絵で有名なベアート・アンジェリコ
などは、後者に属していたのですね。サヴォナローラもこの厳格派の流れを組んでいます。
サン・マルコは当時修道院長であったアントニーノを中心として発展しました。
この人物は実際家で、フィレンツェの風紀の乱れに憂慮し(棄て児が多かったのですね)
商人階級と協力して擁護院など福祉施設の整備なども積極的に手がけ、フィレンツェに貢献
しました。後にフィレンツェ大司教となっています。
アンジェリコは更に厳格で、一説によるとアントニーノが商人にある程度妥協しながら
行っているやり方に不満があり、最終的にローマに行ってしまったと分析する人もいます。
清貧と貞潔、従順。これを厳しく科していたのですね。それは彼の絵の聖なる表情から
伺い知ることが出来るでしょう。


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