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大学院総合スレ 入院2年目

408転載ですから:2013/09/09(月) 15:06:35 ID:LQYiC5uo0
私の受験時代 平野裕之(明治大学教授/民法) ・1960年生れ ・1981年司法試験合格
一、合格は一九八一年 私が司法試験に合格したのは、昭和五六年(一九八一年)のことである。当時、受験新報に合格体験記を翌年の一月号に書いた記憶があるが、一八年ぶりの合格体験記を書かせて頂くことにする。 二、入学当初 大学入学当時は、多くの法学部の学生と同様に漠然と法曹になれればと思っていた程度であった。しかし、将来の進路決定もまだできていない状態で、司法試験予備校や、学内の司法試験用の課外講座に通っている者を、はたから感心して見ていた。とはいえ、折角法学部に入ってみたのだからと、法学系のサークルに入ってみた。そこでは、4年生または3年生の指導により、週二回の勉強会があり、数回はまじめに出席したが、教科書に指定された我妻・有泉ダットサン民法が読んでもよく分らず,六月の途中で頓挫して落ちこぼれて止めてしまった。しかし、先輩の毎回レジュメを用意した熱心なゼミは、今でも記憶に鮮明に残っており、そこで授かった知識が現在の私の法律学の基本になっている。指導を受けた先輩方に感謝している。
三、二年生以降 一年はあっという間に過ぎ去り、周りの者が司法試験の受験団体に入り出し、特研だ駿研だとかいって、研究室や司法試験の話をよくするようになる。そういう者は、きまって大学の授業には出席しない。こうなってくると何か取り残された感じで、二年生になって自分も勉強しなければと思い、ともかく本を買うことにした。しかし、今にして考えれば基本書の選択を誤った。大学入試の受験勉強は大嫌いであったが、自分でいろいろ調べたり考えたりすることは大好きであり、大学に入ってからは勉強するつもりであったので、学問的な香りのする体系書をともかく買い揃えた。 民法については、総則、担保物権、債権総論、契約総論は我妻・民法講義(岩波書店)、物権は舟橋、契約は来栖、事務管理・不当利得は松坂、不法行為は幾代、親族は我妻、相続は中川・泉(以上は幾代・不法行為を除いて有斐閣法律学全集)といった具合である。始めは理解し暗記することに勤めるだけであったが、ともかく読むことにした。一回通読したごとにその本の箱の背の部分に★印をつけていき、合格までに平均五個以上は★がついていたと思う。次第に知識がつながり出し、読むのが楽しくなっていったように記憶している。三年生頃からは、教科書や論文などを記号・番号・色などを使って分析しながら読むようになり、野球のバッティングであれば打撃開眼さながら法律学の勉強というものが見えてきたように思う。また、これが自分で答案を書くに際して非常に役立ったのではないかと思う。三年になって、択一というものを受けてみたが、過去問を見たこともなく、これが択一かという収穫だけを得て、あえなく一回戦敗退。法律学の勉強に楽しみを感じ始めて法律お宅になりかけており、受験のための勉強という合理的・合目的的な勉強をしてこなかったので当然である。二年生の時に受けた刑法各論の川端先生の講義に感銘を受け自分も学者を志望するが、司法試験くらいは卒業前に受かっておかなければならないと思い、それからは一念発起して猛勉強をした。その当時の勉強をしたら、論文がいくつでも書けるはずである。


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