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在日朝鮮人のための北朝鮮講座(121)
1
:
解法者
:2004/10/30(土) 13:57
>離散家族(1)<
「離散家族」とは、朝鮮戦争(韓国動乱)の前後に、北と南で生き別れになった人たちのことをいう。
「北朝鮮にいる姉から南朝鮮(韓国)にいる弟」への手紙
弟 ×××へ
愛する私の弟が生きているという意外な消息を聞いてから5ヶ月が過ぎ、2月27日に日本にいる「・・・」先生(私)の2度目の手紙が来たね!
その間、弟の家族も元気でいるのか。
私は昨年の10月に「・・・」さんから日本に弟が生きている(「南朝鮮(韓国)」ではなく日本に住んでいることにしている)ことを聞いて、余りに嬉しくて涙が止まらなかったよ!
別れて50年近くになるが、生きているのか、死んでいるのか、生死がわからないまま弟のことを忘れられなくて眠れなかった夜は数え切れなかったでしょう。
「元山」の「・・・」さんから手紙をもらった。また、こちらにいる弟のからも聞いたが、日本からたくさんの「荷物」が来たということで、「・・・」の弟のところに行ったところたくさんの「荷物」が届いていたのだよ!
あらゆることが夢みたいで眠れなかったのだよ。
(中略)
また、1月に「・・・」の弟のところに日本から「荷物」が来たので、こちらに来て分けようと言われたが、遠いこともあって行かなかった。
(中略)
日本から「・・・」先生(私)の手紙を見たら、色々な日本人が「荷物」を送るのに苦労をしていることがわかったよ!
ここにある写真の中に、お前の姿を見ると本当に私の弟か、信じられないほど変わったんだね。
私は72歳、6人兄弟のお婆さんになって、お前もやはりお爺さんになったんだろうね。
生きているうちに1度でも会いたい気持ちで朝を迎えたことも多かったんだ。
私は28歳のときに「平壌」でアメリカの奴に夫を爆弾で殺され、2人の息子と一緒に今日まで生きて来たんだ。
わが首領様のお陰で何の心配もなく、子供たちを育てて来たよ。
(中略)
私は55歳まで洋服屋で働いて、それからは年金をもらいながら休んでいる。
弟よ! 身体は遠い国にあっても祖先の骨が埋められている国、生まれ育った我が祖国を忘れてはいけないよ!
我が兄弟は偉大な首領様を亡くした「金 正日」同志に身を捧げ、我が祖国を守って行くつもりだよ!
さようなら
1995年3月2日
×××
※ 原文は「朝鮮語」
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