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仏法あれこれ。。。お勉強スレッド
45
:
両
:2004/02/05(木) 16:06
>非活動1年生様
古い書物として、教典を読むと現代の我々と悩んでいることが変わらない。これほど科学技術は積み重ね進歩したのに、人間の持つ思考力自体は何も進化していないのだなと感じることがあります。
先達の知恵をまず学ぶことがあって、そのアプローチからでは理解不能な部分を「信」から入り、悟とか理解に至り実感する方法が宗教だと考えています。
その「核」となる根幹が何なのか、おそらく自分も死ぬまでに理解に至らない気がしますし、またそう思っているのが信仰者でしょう。以前から知っていた文が、ある日、なるほどそういう意味だったのかと肉感できる。この範囲が増えているというのが、今の自分の信仰実感です。
そういった今の立場から、釈迦の教説等について注釈を加え、意味するところの「核」はこれだと言えるのですが、将来はさらに様々思いを巡らし多くを説明できるものだろうと思っています。つまり、人間中心で、その宗教を有益で正しいものにするのもまた人だろうとする前提がある解釈になります。常に相互通行だから今に活かせるとも言えるでしょう。
もどって、宗教の「核」の部分については、信仰者にとって到底理解できないので、「信じるしかない」部分になるという捉え方をしています。また、その本源的な本来の意味を継続して求める行為は、日々の生活の知恵や、様々な思想の理解が同時進行で明らかになるという実感が、非客観的であってもやはり必要だろうと考えています。それを功徳として、自らの信じる思想の正しさの証しとしながら、理解を深めていくものが信仰じゃないだろうか、と。。。そんな感じです。
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