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祈りは叶わない(?)

31非活動1年生:2004/01/22(木) 18:57
このスレのお題はなかなかに興味深いですね。
信仰を持った人間なら誰でも「祈り」と言う事を真剣に考えます。
でも私の考える「祈り」と学会員の多くの人々の考える「祈り」には
大きな差がある、といつも思っていました。或いは「信仰」と言うものへの
把握の仕方が違っていた、とも言えるかも知れません。

一口に言って多くの(全てではありません)学会員にとっては「信仰」は
現世利益を叶えるための「手段」や「道具」なのではないでしょうか?
もちろん、私は現世利益そのものを否定する気は全然ありません。
重病の人にとっては病気が治るようにと祈るのは心からの必死の祈りです。
人間にとっては「祈る」しかない、という状態はこの他にもきっとあります。

でも「祈る」と「叶う」の関係は人間の論理を越えています。少なくとも
私はそう思います。ましてや新聞推進、折伏、等の活動によって「叶う」
と言うようなイコールの関係にあるものではない、と思います。
イコールの関係とは「論理」です。「宗教」を「論理」と捉えたい人間の
気持ちはよく分かりますが、(私もそう思いたい人間の一人です)
「宗教」は「論理」とは違う座標軸にある事柄です。

でも私は何の科学的証明も出来ない、弁証的根拠もない、「祈り」という
行為を行う人を尊敬出来ます。人間にだけ出来る崇高な行為と思います。

私にとっては「祈り」は手段ではなくて、「祈る」という行為そのものが
「宗教」の本質と思います。
この問題、私にとってはいつも考えさせられる大きな問題で、未だに人に
上手く自分の気持ちを伝えられません。訳の分からない文章をまたまた
書いて不快な気分にさせたらゴメンね。(反省しきり)


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