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絵王専用・怒りの書スレ

838絵王:2003/08/14(木) 21:58
 絵画だが。

 正味、ファイン・アートという意味での「絵画」は、
その市場、発展性、人的資源において、もはや壊滅的で
あろうな。こんにちまでの絵画史上、それに関わってきた
人間たちの、自らの首を絞めるかのごときやり口を見ていると、
至極当然な結果だが。

 結果、「絵画は自己満足にすぎない」だの「才能がものをいう世界」
だのとほざくヘタレが横行するようになったわけだな。
絵が好きで、マトモに絵ェやってたらよ、こういうことを言うやつに
ハラが立たないか?安易にモノを言うな、と。
たしかに絵はややこしい。「技術」としての目的があいまいだからだ。
だが、あるレベルまでは「技術」で到達できるものだ。なのにな、
その「技術」習得の段階で、例えば努力不足であるとか、習得ミスであるとか、
時間のかけかたが足りないとかの理由で到達できなかった自分をさておいてだな、
なにが「自己満足の世界」か、と。「才能」か、と。

 さておき。
絵画の現状がかくも厳しい理由と、その解決法を
「書籍」をたとえにしつつ述べてみようか。

 まずは消費者の問題。ひらがなしか読めない連中に
漢字まじりの本を与えても理解されないし、ましてや
売れるわけがなかろう。漢字をつかう作家の進歩も
止まってしまうし、ひらがな作家のみがもてはやされる
ことになる。
 同じく、美術の教養がない連中に絵画を
与えても理解されないし、ましてや売れるわけがなかろう。
画家の進歩もとまってしまうし、ヤマガタやラッセンの
ごときイラスト(に毛が生えた)作家のみがもてはやされる
ことになる。

 したがって消費者のレベルを上げるしかない。
文字の習得は、実生活上の必要性があるのでしかたなく
やってもらえるが(文学はこれに便乗しているのでセコいが)、
絵画の教養なんぞは、なくてもさしあたって支障がない。
だから放置されやすい。

 必要性や需要が低いから放置されるのだ、というのはもっともだ。
しかし絵画の将来に光を与えるため、かぼそい根拠をもとに
あえてかぼそく反論する。
 必要性がない、需要がない、というが、
人間には誰しも好みの視覚的要素があるだろう?
色とか形とか。おなじ服ばかり着ていたらあきるし、
あらゆる製品のデザインが1種類しかなかったら困るだろう?
それらの多彩な視覚効果をうみだす技術をもった人間が
いるからこそ、視覚の変化をたのしむことができるのだ。
どうせならもっと楽しみたいと思わないかね?ならば
そういう職人の質を上げる必要があると思わないかね?

 かぼそいな・・・。
したがって絵画の将来はかぼそい。


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