政治学者のローレンス・W・ブリット(Lawrence W. Britt)の手になる「ファシズムの初期症候」(EARLY WARNING SIGNS OF FASCISM)
1. 頑強・頑迷なナショナリズム(Powerful and Continuing Nationalism):過去の右翼学長と暴力団とのつながり、今の応援団との関係をみても、頑強なナショナリズムは否定しようがない。日の丸を振ったり、国歌斉唱を何の疑問もなくやる人間のみ愛国心があると信じている低次元のナショナリズムでもある。
2. 人権軽視(Disdain for the Recognition of Human Rights):学生自治会、高校にあたる生徒会さえ作れない体制。学生の基本的人権無視もいいところ。高経大の学生の意見が反映する場がネットにある2chであるという現実。その馬鹿さ加減。笑
3. 国内統合に向けた敵国ないしスケープゴートづくり(Identification of Enemies/Scapegoats as a Unifying Cause):過去の大学にいた中核派であり、安倍内閣であり、いまのトランプ政権。
6. マスメディアのコントロール(Controlled Mass Media):緘口令、揉み消し、削除、無視を決め込む。
7. 国家安全保障への執念(Obsession with National Security):応援団、体育会が監視している。凡人がかつてビラを配っていたら、スポーツ部の幹部に胸倉を掴まれた思い出がある。なるほど大学がスポーツを奨励する訳だ。凡人はかつて中体連の市大会で優勝した経験があるバリバリのスポーツマンであった。笑
8. 宗教と政治の癒着(Religion and Government are Intertwined):大学経営側が応援団を取り入れ・癒着し、それをもって全学生の代表とみなし、大学の政治・政策を容易にしている。それが大学の学生管理である。応援団の理念そのものが戦前のものであり、精神主義(宗教)を体現。なぜならば明治神宮とか大日本帝国陸軍の崇拝に尽く現われる。
9. 企業権力の擁護(Corporate Power is Protected):地元土建屋とのつながりは自明。凡人は大学学園祭、三扇祭委員や文サ協のトップ役員をした者として言うが、いまだに図書館前に作られるステージが凡人の時とまったく同じ。それはある業者の賜物であるが、しかし何十年もたち改善すべきものが今もって同じ、醜いステージというのは信じられない。他の大学のステージと比べよ。そして「タダほど怖いものは無い」という諺を肝に銘ずる必要がある。60周年の持つ意味は何なのか?大学は昔も今もまったく変らない。長い間、「圧殺の森」のどん底路線を継承しているだけという意味しか凡人は感じない。
11. 学問・芸術の軽視(Disdain for Intellectuals and the Arts) その半面、スポーツを重視する傾向。学問を高めるために優秀な学生や教授を取り入れるのが大学の任務であろう。ところが大学の歴史や思想傾倒から、意識の高い学生や教授が入学することは限られる。滑り止め大学として、学問や芸術の水準が高くなることは困難。
12. 犯罪厳罰化への執念(Obsession with Crime and Punishment):学生への取り締まり。許可制、退学、停学、除籍処分。
13. 身びいきの蔓延と腐敗(Rampant Cronyism and Corruption):思想選別の教員、理事長選び、学長たちの不祥事と名誉教授の称号授与を参照。またその後学長になった吉田俊幸氏が1期で止めている。数年前、何故だか気になって調べていたら、使い込みが発覚という記事に遭遇した。その記事をココに掲載したかったが、古くてその記事をネットで再び見つけることが出来なかった。
14. 不正選挙(Fraudulent Elections):こんな環境で大学に公正な選挙を求める方がおかしくないか?