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高崎がわかるプログ・サイトPart3

129凡人:2017/04/24(月) 02:11:02 ID:zq0qT2Q.0
Cars in My Life Vol. 05
連載 第5回|わが人生のなかのクルマ──木製のフェラーリ・アーティスト
2016-12-23 文・武田公実 写真・阿部昌也

服や住まいとおなじように、クルマもまた人をあらわす。人それぞれにクルマとの出合いがあり、物語がある。有名無名のクルマ愛好家たちが、それぞれの人生のなかにおけるクルマについて語る連載の第5回は、フェラーリ 328 GTSで現れた群馬県・高崎市在住の山田健二さん。

日本の熱心なフェラーリ愛好家、しかもクラシック・フェラーリに造詣の深い方ならば、一度はこんな噂を耳にしたことがあるかもしれない。「群馬の高崎には、木材のみで精巧なクラシック・フェラーリの模型を手作りするアーティストがいる」と。

近年は関東各地で展覧会を開催したり、地元の新聞に登場したりと、多忙な日々を送る山田健二さん。いまやその界隈ではすっかり有名人だ。

山田さんの作るフェラーリ模型は、原則として1/6サイズのビッグスケールモデル。本物のクルマのボディなら、アルミやスティールあるいはFRPやカーボンファイバー製だが、山田さんの場合そのすべてを削り出しのバルサ材で作る。アルミやチタン製のメカニズム類はもちろん、ゴム製のタイヤまでも。

しかも、細部に至るまで恐るべき精巧さを誇る一方で、フェラーリらしい美しいプロポーションも完全に再現する。その出来栄えは、第二次大戦で活躍した英国の木製戦闘爆撃機「デ・ハヴィランド・モスキート」になぞらえて、「ウドゥン・ワンダー(Wooden Wonder:木製の奇跡)」と呼びたくなってしまうほどに、素晴らしいマスターピースなのだ。

山田さんが作品を制作するようになったのは、デパートや広告代理店での勤務を定年まで勤めあげた後の“老後の余暇”だった。

◆還暦5年後にフェラーリ

山田さんがフェラーリとはじめて出会ったのは、1970年代後半のスーパーカーブーム絶頂期にまでさかのぼる。当時、山田さんが勤務していたデパートで、国内各地を賑わせていた「スーパーカーショー」を開催することになったのが、その切っ掛けだった。

その際、イベントのために1カ月ほどフェラーリ 308 GTBをレンタルし、間近に触れるチャンスを得たことで、その美しさはもちろんのこと、当時の山田さんが愛用していた日産ブルーバードUとは比較にならないパフォーマンスやサウンドに、すっかり魅せられてしまったという。

とはいえショーの終了に伴って、当然のことながら308 GTBはオーナーに返却。うたかたの夢は去ってしまう。しかしそのあとも山田さんのフェラーリに対する思慕の想いは静かに息づいていた。サラリーマン生活の傍ら、少年時代から模型作りやイラスト・絵画などを趣味としていた彼の作る作品には、次第にフェラーリを題材としたものが多くなっていった。

そして60歳を迎え、いよいよ定年退職となったある日、山田さんは「これからはフェラーリをモチーフとした作品だけ作っていこう」と決意。ここから彼の人生は、ドラスティックに変わってゆくことになる。

山田さんの作品は模型・絵画ともにあっという間に話題を集め、それを見たいというエンスージアストたちが個展を次々に訪問。その中には大御所の自動車アーティストたちのほか、自動車趣味の世界では有名なコレクターたちも数多く含まれ、翌年には早くも高崎市内で個展を開くことになった。

いつしか北関東のエンスージアストたちと親交を結ぶようになった山田さんは、彼らのツーリングにもしばしば誘われるように。そんな折、ツーリングで立ち寄る軽井沢のカフェで、たまたま知り合ったさる愛好家から「ディーノ 246GTを入手するため、今乗っているフェラーリ328GTSを手放したい」という話が舞い込んできた。
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